「悪童島3」
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キジがわななきながら、羽ばたく。
「モモ兄い。かくなるうえは、緊急散開(ブレイク)しやしょう。緊急散開(ブレイク)! 散り散りに逃げ、他の場所で落ちあうってことで」
犬が宙に向かって、吠えたてる。
「キジ、ずるいぞ。何がブレイクだよ。自分は空飛んですぐ逃げれるもんだから」
猿も、そうだ、そうだと非難をはじめる。
「俺ら、地上で追い込まれた身だぞ。置き去りする気かよ」
モモは、そんな部下たちを叱りつけた。
「おまえら、仲間同士でいがみ合ってる場合か。この桃太郎は分散(ブレイク)など認めん」
モモは自分らがこうして、不利な勝負を挑んだそもそもの動機に思いをはせた。
鬼の一行を救うためではないか、暴徒らに襲われている。
その鬼たちはもっか、騒ぎの場の反対側でさらに大勢から囲まれ、防戦に必死である。
モモの頭はさしたる知恵者でなくとも導かれるであろう当たり前の結論を選びとった。
鬼たちと協調して戦うんだ。
じかに合流するのは困難かもしれない。しかし。
効果的に暴れまくって敵側の余力をさらに引き付ければ鬼たちの負担を軽減してやれる。
それで鬼たちが態勢を立ちなおせば、鬼の使節を一挙に殲滅しようとの暴徒らの企ては破綻、さらなる攻撃がやりづらくなり、結果的にこちらの負担の軽減にもつながる。
とにかく、他に途はない。
各個に奮闘したところで、各個に撃破されるだけである。
そのとき、ついに。
じりじりと肉薄していた暴徒らは一斉に躍りかかってきた。
「かかれーっ!」「うわーーっっ!!」
「モモ隊長。まず、あいつ狙おうよ」
犬が暴徒らに指図する幹部格らしき男を、あごでしゃくるように示した。
「あいつ倒せば、あと烏合の衆じゃん」
「いや、待て」
モモは、わずかの間に一考する。
親分格ならいちばん手強いはず。しかも大勢の手下が取り巻くよう群れている。それを最初の標的にするのは、敵陣の最強の部分に攻めかかるようなもの。
進みも退きもできぬうち、包囲され殲滅の憂き目にあう恐れが大きい。
それより……。
どんな戦いの場でもこういうときは、大勢の中に身をおく心強さから勇者気取りになり、一緒にいる仲間の数を頼みに、調子に乗って、獲物を真っ先に仕留めようと一番乗りで突っ込んでくる奴がいるものだ。
モモはまず、そいつを見極めた。
いた、いた。オッチョコチョイが。
稚気もあらわに、絶対勝てると思った敵めがけ、喜色満面のバカ面で向かってくる。
モモは、犬猿キジに指示を下す。
行くぞ。
モモとケダモノたちは、こうした状況で少数が大勢に襲われた場合に見せるであろう受動的な対処とはまったく異なる動き方をした。
多数が自分らに攻めかかってくる中、くだんの真っ先に飛びかかってきた者を狙い定めたように、一人と三体とで寄ってたかってボコボコにする目的を能動的に遂げようとした。
ガブッ! バリバリ! ツクツクツク!
犬が咬みつき、猿がひっかき、キジの嘴(くちばし)が突きまくる。そして、モモの必殺パンチ。
バキッ!
倒れた。
「こいつはもう、いい。次、そいつだ」
「ひえっ!」
ガブッ! バリッ! ツクツク! とどめに、モモの回し蹴りが見舞う。
ドカッ!
「よし。今度はあいつ」
うわわわっっ!!
敵方は恐れおののき後ずさりする個々の面々で崩れはじめた。
モモたちの攻め方は、群れの中からつねに一人だけ選んで一挙に攻めかかり、全力で仕留めたら、ただちに次の標的に決めた別の一人に向かって速攻で移動、総力でボコボコにし、これを繰り返すという効率的なものだった。
とにかく複数をいっぺんに相手取るのを避けた。
モモのこうした攻め方は、大勢の中にまぎれて差別や虐めを楽しもうという性根の者にいちばん堪えるやり方なのかもしれない。
誰か一人が狙われれば最後、他の者が助けに駆け寄るより先にボコボコにのされてしまう。そして速攻で、次の誰か一人がまた餌食にされる。
このやり方の成功にはどのくらい瞬発力と持久力を出せるかが鍵となるが、モモにはそれだけの体力があった。ケダモノたちも人間離れした能力を発揮した。
そうやってたちまちのうちに何人もを倒したながら、敵勢の中を浸透していく。
そして、最後尾でびくつきながら日の丸の旗を振りかざしていた者を指さす。
「今度は、あそこで日の丸持ってる奴」
旗持ちはモモたちが襲ってくるのを見ただけで泡を吹き、旗を放り捨てて逃げだした。
「道は開けたぞ!」
走りながらモモは捨てられた日の丸を拾い上げ、高々と掲げた。
モモたちと共に、日の丸の旗が風にはためいて進んでいく。
群衆の間から、はーーっっ!! という嘆息がもれた。
「いいぞーーっっ!! いよお、日本一!!」
かくしてモモたちは、前途をはばんでいた敵の垣根を打ち破ると、暴徒らの本隊が鬼の一行を攻めたてる場へと突き進んだ。
モモたちがさらに苦労するはずの鬼側の円陣をぐるりと取り巻いた暴徒の人垣を難なく越えられたのは、モモが人の姿をし、日ノ本の旗を掲げていたからである。
暴徒たちから仲間と思われたのだ。
取り囲んだ鬼たちを仕留めるのに躍起となっていたほとんどの連中にはそもそも他の場所で何が起きたかわからず、モモたちが自分らの仲間を倒しながらやって来たことさえ知らなかった。
モモもまた、この際だから彼らの無知を利用した。
そうやって暴徒の垣根を越え、鬼たちの円陣の前に進み出た途端――。
モモは声も高らかに呼ばわる。
「鬼たちよ! 桃太郎が参上した! これより、義をもって助太刀いたす!」
だが。
鬼たちの反応は……。
「帰れ! 子供がペットを同伴してくるところじゃない!」
予想も出来ないものだった。いや、通念をわきまえるなら予想できることなのだが。
しかし今となっては、退くことこそ難しい。
鬼たちに助太刀するなどと宣してしまったあとでは、背後にいる暴徒の群れの中に戻れるものではない。
モモたちには鬼たちとの合流こそ急務だった。
「たのむ。一緒に戦わせてくれ」
「ならん。ヒトなど信用できんわい」
「何を言う。この桃太郎の暴徒に対する奮闘ぶり、間近で見てわかったはず」
いや、それが。
鬼たちは誰も見ていなかった。
防戦に必死で、離れた場所で何が起きたかなど知るよしもなく、むろんモモたちの奮戦もあずかり知らぬことだった。
彼らの目にモモなどは、奇妙なことを言いたてる人間の子供でしかない。
「間に合っておる。おまえの奮闘などいらんわ」
鬼たちはあくまで、味方に加えてくれないようである。
埒があかない。
よし。
モモは、刀も日の丸も捨てた。
「このとおり、丸腰だ。武具は何も持っておらんぞ」
それから俄然、鬼たちの中へと躍りこんでいく。
なんという潔さ!
モモは果たして、諸手を挙げて歓迎されるかと思いきや、寄ってたかって取り押さえようとする鬼たちから一網打尽にされてしまった。
そして、鬼の隊長の前に引っ立てられた。
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