「悪童島5」


               



 小椋大納言(おぐら・だいなごん)は跪かせた暴徒らを前に、言い放つ。
「おまえらのような国の恥は鏖殺(おうさつ)しても飽き足りないが、この日ノ本では長きにわたって野蛮な死刑の執行をおこなわずにきたという歴史をもつ。それは他の国に比類のない、わが国の誇りでもあった。それにだ、たとえおまえらのごときテロリストであれ裁判もせずぶった斬っては国際法に背き、あとからいろいろ言われることになる。だから……今日のところは、勘弁してやろう。よいか、二度とするのではないぞ」
「もう、しません!!」
 暴徒らは一斉に、土下座する。

 見守る群衆から盛大な、圧倒的な質感をもって包み込んでくるほどの拍手と喝采が沸き起こった。
 こうやって勝者を称賛するほかに何もできなかった人々ではあるが、いまとなればどちらの味方なのか立場を表明しておきたいのだろう。
 かくして。
 極右テロの集団は二度としないと誓うと、退散していった。
 けれども世界には、絶対に信用してはならない三つの言葉があるという。
 中国人の「もう、しました」と韓国人の「いま、やります」、そして日本の国家主義者の「もう、しません」だ。
 彼らはまた繰り返すに違いない。

 モモの目には、大納言が暴徒らをあっさり放免してしまったのは合点がいかなく思えたが、偉い人なのだからそこは考えあってのことだろう。


 さて。
 鬼たちは感情を表に表わさず、襲撃による被害の後処理をしていた。
 一様に落ち着いた態度で死者の収容や負傷者の手当てをし、小椋大納言の手勢に続き、ようやく到着なった都の警吏たちとも交渉する。
 これが人の一行であれば、慟哭と怨嗟に満ちた混乱の諸相を呈したに違いない。
 さすが鬼だ、人じゃない。モモは感嘆した。

 しかし彼らは、鬼なりに儀をわきまえていた。
 使節を代表する者みずから、礼を述べに進み出た。
 鬼姫である。
 典雅に結い上げた髪、晴れやかで美々しい衣裳、そのうえに振る舞いの気高さたるや比類なく、モモとは別世界の住人とおぼしい存在。
「お礼をさせていただきとう存じます。ご所望などありますならば、なんなりとお申し付けください」

 鬼姫はツノこそ生えているが、高貴にして清淑、このうえなく愛らしい、しかもまだ年頃の娘だった。
 ジジイとババアとケダモノしかおらぬ環境で育ち、女の子とはまともに接したことがなかったモモである。
 やがて勇名を喧伝される日本一の怪力少年も、ここでは硬直するしかない。

「あ、あの……」
「はい」
「実は……鬼ヶ島へ行くための客船をチャーターしたいのですが。船会社がまったく相手になってくれません。それで弱り果てていたところです……はい」
「まあ。客船で鬼ヶ島へ?」
 鬼姫は、モモの不自然な態度を不思議がりながらも、話の内容に興味を示してくれた。
「いかなる目的をもって?」
「それは……つまり……」
 モモは、この問いには慎重に、言葉を選んで答えねばと思った。なにしろ、相手は鬼の王の娘だ。間違っても鬼ヶ島に遠征するなどと真の目的を明かすわけにはいかない。
 どう言いつくろったらいいものか。そうだ。こんな調子の説明では?
「はい。日ノ本の国中から選りすぐった優良児たちにですね……友好と親善のため鬼ヶ島で滞在してもらい、現地の人々と交流……」

 しかし。
 モモが考えあぐねる間、ケダモノたちはまったく空気が読めない対応をした。
「バウ! 悪いガキども大勢あつめてさ。キキッ! あんたの島にひき連れていくためなんだ。クケケケ! そいでもって、鬼たちと……」
 ヤバイ!
 ケダモノたちも、どうせ自分らの言葉などわかるまいとタカをくくったのだろう。
 しかし鬼姫は鳥や猿や四足の言うことを聞き取った。
 そうなのだ。人外である鬼姫には、普通の人間ではないモモと同様、動物と会話が出来るのだ。
 モモはしまったと思った。

 あわてて犬猿キジを制するも、手遅れだ。
 鬼姫は絶大な関心をかき立てられたようである。
「悪い子たちをそんな大勢、どうするのでしょう?」
 モモはもはや、しどろもどろだ。
「は、はい……しょ、しょ、少年たちを船に乗せ……え、遠洋に連れていって……り、り、立派な……う、海の男に……き、鍛え直してやろうかと……」
 こんな言い方でも、鬼姫は意味を理解した。
「更正のためなのですね。でも、なぜ目的地が鬼ヶ島なのです?」

 言い訳が立ったとわかると、モモは落ち着きを取り戻した。
「はい。それは……鬼ヶ島の方々はとても親切で温かい心の持ち主ばかりと聞いたもので……そんな人々とふれ合えればですね……人の世界で虐げられ道をはすした問題児たちも人間らしさを取り戻すんじゃないかな〜、と思いまして」
 それにしても。
 口から出まかせを並べただけにしては妙に筋が通った物言いとなっている。モモには詐欺師の素養があるのかもしれない。

 事実、鬼姫は共感する反応を示した。
「なんというご立派な志し! して、お船の名は?」
「……ピ、ピーチ……ピーチ・ボートです」
 むろん、即妙でひねり出したものだ。
「ピーチ・ボート! 素敵なお名前」
 鬼姫は、感激したように両手を打ち合わせた。
「ああ……わたしも乗れたら、最高なのに!」
 そのあまりの愛らしさに、モモは本来の用件も忘れ、うっかり承諾の言葉を口にしてしまったのである。
「い、いいですよ……一等船室を用意いたします」


 鬼姫は、船会社に働きかけ、客船を調達させると約した。




†             †             †




 しまった!
 鬼姫の一行と別れたモモは、おのれの失態を恥じた。
 「ピーチボート」に乗せるなどと受け合ってしまったが。
 鬼の娘を鬼退治に出向く船になど客として迎えるわけにはいかぬではないか。

 だが今更、断るなんて、なおのこと難しい相談だ。
 怪力を秘めるモモだが、あんな可愛い異性を失望させる勇気まで備わっていない。
 なにより、客船を借りるためには鬼姫を通じた金とコネとが不可欠だった。




( 続く )




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