「天国への遠征」
(Saving the Heaven)


ある日、天使が舞い降りて、助けてほしいと言ってきた。
「天国は地獄に負けました」
それで天上の大切な存在を地上に避難させるという。
ぼくの家にはあの方がやって来た。


(画像はイメージです)


 ある日、天使が部屋に舞い降りた。助けてほしいと言ってきた。
「天国は地獄に負けました」
 天国が悪魔の軍勢に乗っ取られたのだという。

「なんですって?」
 信じられない思いで、問い返す。
「だって天国でしょ? 悪魔の前に鉄壁ではなかったのですか?」
「天使が腐ると悪魔になるのです。多くの天使が腐っていき、攻撃される前に内側から陥落した状態でした」
 なんだかわからんが、防備の面で重大な手抜かりがあったらしい。

「それでどうするわけです」
「天上のわたしたちは地上に避難しなければなりません。わたしがお願いに来たのはそのためです。状況が好転するまで、ここにあずかって面倒見てほしいのです」
 ぼくはむしろ、歓喜したい気分だった。こんな可愛い天使といっしょに暮らせるなんて、まさに天国が舞い降りてくるようだ。
「受け入れてくださいますね」
「よろこんで」

 ところがである。
 ぼくの家に割り当てられた避難者は――。
 神様その方だった。

「世話になるぞ」
「………………」
「わたし、また来ますから」
 そう言い残し、天使は去っていく。
 よくある手口だ。たぶん、二度と来るまい。

 さて、神様について。
 一目見て、これじゃ人前に出せないと思った。
 神様はそういう姿をしている。
 当分は、家の中でじっとしてもらわねば。神様なら辛抱できるだろう。

 ところで。
 ぼくには神様に通じる言葉がわからない。どう話しかけたらいいものか。
 しかし向こうは、こちらの思うところをたちどころに理解した。
 とにかくそういう反応を示し、心の中で生じる小さな疑問にも即答してくる。
 さすが神様だ。これじゃ嘘がつけないや。
 丸裸にされた気持ちだった。

 丸裸といえば……。
 映画や宗教画での神様は、奥ゆかしい長衣を身にまとった姿で描かれるのが常だけど。
 ありゃあ、嘘だから。現物とまるで違う。
 どこがって?
 実際の神様は服をつけてない。すっぽんぽん!
 しかも恥らう様子もなく、そのまま外に出ようとする。
 すげえや、さすが神様だと感心できるわけもなく、、一心不乱で押しとどめるのが地上人としてのぼくの立場だ。

「神様、そんな格好で出歩かないでください。ぼく困ります」
 あの部屋の若造は裸の神様と一緒に暮らしてるなんて、町中の噂になったらたまらない。
「困るだと? わしはな、おまえひとりの神様ではないのだぞ」
 神様はいかにものたまうといった表情で、ぼくの心に語りかける。
「よいか。困っているのはおまえだけではない。この地上で救いを求める者は、ほかにも大勢おる」

 神様はああ言うが。
 神様の気ままな振る舞いのせいで困った立場に追いやられるのって、考えたらぼくだけじゃないか。ああ! こんなお荷物、引き取りさえしなければ……。
 しかし救いを、利己的な動機のみで求めても神様は取り合わないようだ。
 ぼくは立ち居地をひろげて訴えてみた。
「ですから、そのお姿ではみんなも困ります」
 嘘偽りない。

 神様の返答は意外なものだった。
「みんなも困る? おまえの言うみんなとは、どういう連中のことだ?」
「それは……お隣のおばさんやお向かいの若奥さん、それから通りを歩くお嬢さん……普通に常識をもった人たちです」
「普通に常識だと? その者たちは神の信徒なのか?」
 何をおっしゃる、マイガッド。日本じゃ特定の信仰などもたないのが常識で、へたに一神教にはまったら変わり者扱いされるんです。
 けれども神様に常識は通じないようなので、角が立たぬよう無難に答えるしかない。
「えーと……この国では信仰の自由があるから、中にはあなたの信徒もいるかもしれません」
 とりあえずフォローにはなるだろう。
 ほんと。神様ってなんで、かくも信仰とかけ離れた国にやって来たのかな? だいたいキリスト教の神様なのに、日本なんかに身を隠そうっていうのが……。
 だが。神様ときたら、こちらのそうした思惑や配慮をよそに、かんらかんらと笑って応じるではないか。嘲りの笑いである。
「信徒だと? わしの信徒? わしを崇める信徒? そんなものはこの地上にはおらん」

 なんたる身も蓋もなさ。
 神様からこう言われたぼくに、呆然となる以外のことができようか。なにしろ神様って奴には嘘がつけない、つまり発した言葉は本当なのだ。
 しかし信じられない。神様に信徒がいない?
「あなたって神様でしょ? 全世界のキリスト教徒二十億の上に君臨なされる存在では?」
「キリスト教会の認識ではそうなっとるがの」
 神様は「キリスト」「教会」という語句をいかにも馬鹿にした含みをもたせて口から吐き出すように言う。

「わしの認識は違う。たとえばローマ教皇。あれを地上でのわしの代理人とは一度として認めなどしなかった。カトリックのほうでは神から権威を授けられたと勝手に言い張っておるがな。大昔の王権神授説と同じで、んなわけないんじゃ」
 神様からじかに言われると、説得力がある。実際、誰に口応えできようか。
「ついでに言っとくが。キリスト教式に祈っても、わしには通じんからな。全地上でわしの信徒を自称する連中が教会なる場所に群がり大勢で祈っておるが、いかなる求めや願いも天上まで届いたためしがない。あれは信仰の空回りでしかないものだ」
 え? え? ええっ? そんな〜。
 そ、それじゃ、それじゃ……キリスト紀元からこのかた、無数の人が天に向かって祈った行為は何だったんだ?

 神様はぼくの心の動揺をたちどころに読み取り、直裁に答えを返してきた。
「それ、それ、それじゃ。勝手に祈って、勝手に絶望する。願いが聞き入れられないと途端に態度を変え、神などいないと毒づき、信仰から離れてしまう。そんな手合いが地上には満ちておる」
 神様はさらに余勢をかり、キリスト教以外の信仰者もことごとく斬って捨てる。
「キリスト教徒にかぎらん。他の宗派でもだ。誰も彼もが、仏陀だアラーだクリシュナだと、おのおのが掲げる偶像を奉じておるが。ひとつとして、まことの神と、すなわちわしと通じ合ったものはない」
 世界のどんな教派も、あなたと通じあえない? 仏教もキリスト教もイスラム教もユダヤ教もすべて? どれだけ熱烈に祈っても届かない? それじゃ宗教とか信心って、いったい何のためにあるんですか?

 ぼくの疑問に、神様はどう答えたか。
 大事な台詞なので二度読んでほしい。
「宗教が何のためにあるかだと?
知らん。
わしは人を造った。しかし宗教は人が造った。そうして人は架空の神を崇めるばかり、実際の神を、このわしを見ておらん。思うに、宗教は人類には余計なもの。しかし不可欠でもあるもの。神を求めるのをやめれば人でなくなるのだから」
 ぼくにはポカ〜ンとするしかない。

 神様はそんな相手の顔をおもしろそうに眺めながら、一呼吸おく。
「まあ、よい。ここで長話しても何だ。外を歩きながら説いてやる」
「いやです」
 ぼくはきっぱりと拒絶した。
 身に何もつけない神様を相手に、往来で好奇の目にさらされながら宗教論議だなんて。
「では、おまえはよい。外で話せる相手を見つけてくる」
 神様はまたもや、裸のまま出ようとする。
「やめてください」
 またもや押しとどめる。
「おまえは……なんとしてもわしを、この狭い檻の中に縛り付けておきたいようだの」

 ああ、埒があかない。
 いったいなんだって、こんな苦労をさせられる。
 今にしてみれば、最初に天使が現れたときから思い至るべきだった。あの天使、身に何もつけてなかったもんな、羽根以外のものは。
(いや、天使なら綺麗だし可愛いからいいんだよ。でも神様が丸裸だと困るだろ)
 天界の住人は服なんて着ないのだろうか。裸の恥を隠すという地上人の習性は理解できないのかもしれない……。
 ここにおよんでぼくはようやく、妥当な対案を思いついた。
 困るのは神様が裸だから。
 問題の根幹は神様が外に出ることでなく、外でも裸の姿でいようとするところにあった。

「神様、服を着けてください。なんでもいいから」
 ぼくはクロゼットから適当な衣類をみつくろう。神様の背格好はぼくと同じだから、サイズは合う。デザインは選べないが、神様ならばどんなブランドも着こなせるはず。
 折りたたんだ着衣一式をうやうやしく差し出した。
「そんな布で身を覆えとな。わしは神じゃ。人の前に包み隠すものなど何ものう」
「御言葉の通りです、神様。けれどもあなたは今、人々の前に顕現なされるためでなく、ご自分の正体を隠すため地上に来ています」
 こちらも、食い下がる。
「かたや、あなたの敵は占拠した天上に陣取って、あなたを探している真っ最中。その姿で人々の前に出れば大きな騒ぎが起こりましょう。下界で波乱があれば彼らに悟られてしまう。不服とは察せられますが地上の流儀にしたがい、お姿をあらわにしてはなりません」
 やれやれ。まさか神様を相手にディベートをこころみることになろうとは。
「衣服とは余計なものです。しかし人になくてはならぬもの。着るのをやめれば、人として認められません。着ていれば地上の存在として受け容れられる。今の貴方には不可欠なこと」

 成算があったわけではない。
(むしろ、まともな論理になるほどこの御方には通用しない気がする)
 どうせ神様のことだからこれまでの振る舞いから推しても、人ごときが屁理屈ならべるなとあっさり一蹴というか、笑ってあしらわれると思いきや。
「無礼な申し入れだが、聞き届けてやる。おまえにしては筋が通った言い分だ」
 神様は 供え物を押し頂くように受け入れてくれた。
 それからしばらく、有史前から服など必要としなかった御方への着付けの指導で手こずりはしたが。

 一件落着。
 かくして神様はジョギング用のトレーナーに身を包んだ。これなら外に出しても恥ずかしくない。
 しかし。
 なんたって神様だよ、どんな服を着てようが。
 問題起こさずいられるわけなかった。




†             †             †




 そのとき。
 玄関の呼び鈴が鳴った。
「わたしです」
  天使だ。
 「また来ます」と言い置きして去ったのを、二度と来るわけないとタカをくくったものだが疑心にすぎなかった。
 天国は嘘をつかない。
 いや、嘘がつけない。隠すことを知らない。天上人たちの問題はそこにこそあるのだが。

 開けたらやっぱり、驚いた。
 オールヌードの美少女が淡い陽ざしに包まれながらドアの真ん前で立ちふさがるという、あまりに児童ポルノな光景に。
 初回の訪問で、翼を広げてヴェランダから入ってきたときは真夜中で誰にも見られなかった。
 神様を連れてきたときは早朝だった。
 今度はよもや、真昼間に玄関から来ようとは。
 そのあまりにあけっぴろげな姿、人目を惹かぬわけがなく、また噂となって広まらぬはずもなく、すでにアパートの裏手では駆けつけた近所の人たちでひしめいてる有様だ。みんな、言葉もなく、目を丸くして見入ってる。
 ああ! こんなじゃあ、神様に示しがつかないや。

 天使は屈託なく、にっこりと微笑んだ。
「また来ました」
「翼はどうしたの?」
「みんなが変な目で見るんです。なぜかなって思ったけど。ああ、きっとわたしに翼があるからじゃないかと……それでたたんで見えなくしちゃいました」

 違う、違う。きみが服を着てないからだよ。今だって、みんなが見てるだろ。
 どうしよう。このまま入室させたら近所にどう思われるか、それははっきりわかるのだが。

 そこへ、神様が割って入った。
 ドアに隠れるようにしていたぼくと違い、玄関から出て、はばかることなく天使と向き合う。
「地上の者はなぜ騒いでおるのだ?」
「この子が裸だからです。すぐに服を着せてやらないとまずい」
 ぼくは大急ぎでクロゼットのほうに引き返した。
 婦人服なんて持ってないが、隠すところ隠せれば何だっていいや。
 バスタオルや毛布など、あり合せのものをかかえて大急ぎで戻ったら。
 神様は天使にとんでもない真似をしていた。
 裸身をさらしてたたずむ彼女に……裸身をさらしてたたずむ彼女に……自分の服を着せている。

 神様は、トレーナーの上下を脱いで(まったく。着せるのにどれだけ苦労したことか!)、上のほう、Vネックの長袖を天使の頭からかぶせ、下のほう、縦筋の入ったズボンに両足を通させた。
 天使は恥らう様子もなく、なすがままにされている。少女と変わらぬ体にLサイズの男ものをまとい、だぶだぶの不恰好になり果てはしたが。
 それにしても。服の着方も知らなかったのが、たちまち着せ方を習得してしまうとは。
 やはり神様、原始人とは違う。
 おまけに、自分の衣を天使にあたえた。なんたる慈愛深さ、とか感心してる場合じゃない。
 もとより素っ裸の身に体操着を羽織っただけだから、神様はたちまち、人類を似せて造ったその姿をさらすこととなった。
 今度は、衆目も町中に聞こえるほどの悲鳴をあげ、割れるように騒ぎたてる。

 きゃ〜〜っっ!! ぎゃーーっっ!!
 すっぱだか〜〜! あれあれあれ 今度は、フルチンが出てきた

 もう知らん。




†             †             †




 さて。
 ここで、神様の風貌について説明がいるだろう。
 年食った仙人のようなのをイメージしたなら残念でした。
 お姿に、ジジくさいところは微塵もない。
 天地創造の頃から存在するのにすこしも年季の入った様子がなく、不老不死とはかくやと思わせるありようだ。
 さすが神様。
 体格は、無駄な脂肪なく、無駄な筋肉もなく、さらに無駄な骨量もない。つまり中背で引き締まった運動家タイプ。
(中背といっても欧米の基準での中背。日本では長身の部類だろう)
 実際、神様はキビキビと動く。それでいて落ち着きとたしなみとがあり、押し付けがましく性的魅力をアピールせずとも堂に入った男性像を成している。

 さらに。神様といえば、流れるような長髪で頬ひげも豊かにたくわえた古風な貴人というイメージが出来上がっていようが、ぼくの家にいる神様ときたら。
 神々しいところは頭しかない。
 そう、毛髪さっぱり、お髭もさっぱり、つるっつるのスキンヘッド。SSの扮装でもさせようものなら、ネオナチとして壺にはまるかもしれない。

 こういう御仁が衆目の前、なに恥じらうこともなく裸身をさらしているのだ。
 しかも神様だってことを、みんなは知らない。


 町のみんなはもう、お祭りのような騒ぎようだ。
 かかる外野のざわめきに包まれる中、天使が意見を出した。
「神様、そのお姿ではいけないらしいです。下のほうはお返ししますので着てください」
 そう言うと天使は、下半身を隠すだけの目的ではかされ、だぼだぼになってまとわり付いていたトレーナーパンツからかわいい両足を抜き取った。
 返し受けたものに神様は足を通す。
 あれあれあれ……。
 エロい結果になるかと案じたら、そんなこともない。
 上下一揃いを男女で着分けるという、『パジャマ・ゲーム』という大昔の洋画で見たような場面だ。
 いや、感心した。こういう手があったか。
 もとより天使は少女体型なので、トレーナーの上着だけで十分、恥ずかしいところを隠せる。ミニのワンピースを着ているようで愛らしくさえあった。
 ズボンだけはいた神様が上半身さらけ出しなのは仕方ないが、これはこれで男性的でサマになってる。
 どちらも許容の範囲の格好だ。

 野次馬たちのざわめきときたら、異常な視覚的状況が瞬時にして修正されてしまい、むしろ残念がっているようだ。
 とはいえ、神様も天使も通念を絶した存在に違いあるまい。
 あきらかな外人顔の美少女とマッチョな男前の組み合わせ、それが最前まで、ありふれた住宅地の一画で素っ裸の格好でいたんだから。真に驚嘆すべきは、全裸でいようが衆目の注視を浴びようがまるで意に介さないという二人の態度のほうにこそあった。




( 続く )




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