「戦場でヒーローになれなかった俺の話」
「俺、戦争が終わったら、あの娘と結婚するんだ〜♪」
傍らにいる若い兵士は、ついに生き延びることができた喜びのあまり、戦闘中には抑えてた能天気な本性をさらけ出した。
そういえば昨日まで、戦いはもうすぐ終わるとみんな騒いでたっけ。ほとんどは一夜のうちに殺られちまった気がするが。
いや、実際。ほどなくして戦争は片付くに違いない。
開戦当初、半年で勝てると思われたのが長引いてもう十年、犠牲ばかりが甚大になっていき、どちら側にも見合った戦果は得られずに戦線は膠着。
敵味方の首脳もついに踏ん切りをつけたようで、これ以上の継戦になんの利益もなしとばかり、第三国の首都で双方の使節が顔合わせ、和平交渉が進められてるらしい。
停戦が成れば動員も解除となり、郷里(くに)に帰れる。
遠からず、この若造も許婚(いいなずけ)と所帯をもてるというわけか。
いいや。
残念だが、それは不可能だ。
なぜって、奴のそばには俺がいる。
狙った獲物は逃したことのないこの俺が。
夜半から未明にかけ、大々的な攻勢を受けた。
講和を結ぶ前にすこしでも占領域を拡げておこうというのか、あるいは交渉で譲らぬ相手を揺さぶりたかったのか、しばらく沈滞してた戦場の空気が俄然、勢いづいた感がある。
まもなく平和が来ると浮かれてた僚友たちの多くが死んだ。
和平をめぐる駆け引きがそいつらの命を奪ったんだ。
俺たちの陣地は敵の猛攻の中しぶとく持ちこたえたが、夜が明けたときこの塹壕で息があるのは俺と若い新兵の二人きりになってた。
若造が生き残れたのはまったく運が良かったから、俺が生き残ったのは出くわしたどんな敵よりも相手を殺すのを望んだからだ。
さて。
「俺たちだけかな、生きてるのって?」
若造は塹壕からゆっくりと顔を出すと、あたりをうかがった。
周囲は朝靄と戦闘の余煙とで視界を遮られ、隣りの塹壕に生き残りがいるかもわからない有様だ。
静かではある。俺たち以外は死んじまったかのように。
よし。敵はいない。近くに味方もいない。もう、いいだろう。
ふいに俺は、現在の環境で唯一の味方である若い兵士にあさっての方向を指し示してみせた。
「見ろ。おまえの彼女がいる」
「え? え? どこ?」
若造はすぐ傍らの男には無防備なまま、まったく馬鹿正直になんの疑いもなく、言われた方向に目を凝らす。
俺は音を立てずに、ナイフを抜き放った。
シリアル・パワー!
一瞬でのど笛をかき切ってやった。
と言っても。奴の命を奪ったのはナイフの刃だ。俺はただ、握ったナイフを動かしただけ。むろん動かし方にコツはいるが。
俺が誰かを殺る場合、「あそこに敵がいるぞ」と脅しつけて気をそらすのが定番のやり方だ。この若造のときだけ「彼女がいる」に変えたのは、人生の最後に恐怖の念ではなく、ときめきを感じさせてやりたかったから。
せめてもの情けだ。俺には懐いてくれてたし。
わりと安らかな顔で死んでやがる。こいつ、死ぬ間際に許婚の姿を思い浮かべられただろうか?
どうでもいいことだが。
なぜ殺したか、それは問うな。
誰かと二人きりの場におかれると生かしておけなくなる性質(たち)なんだ。
守備兵の大半が死んだ激しい夜襲をくぐり抜け、おなじ塹壕の中に俺と二人きりで生き残ってしまったのが奴にとっての不運だった。
もう、わかっただろう?
俺は連続殺人狂(シリアルキラー)だ。
初めて殺したのは初めて恋した少女だった。
俺も彼女も十三歳。最初のデートで、俺と二人きりになったのがいけなかったんだ。
恨みもなんにもなかった。愛してた。
ただ思春期の少年がはじめての口づけに憧れるように、俺もはじめての殺害を求めただけ。
やっちまったあとでは、軽い失望をおぼえた。
「こんなものだったのか」
とはいえ、殺欲は本能的なものとなって俺にとり憑き、殺しをやめることなどできなくなった。
いまでも、殺る直前に彼女と二人きりで撮った写真を大切にしてる。
これから起こることなど夢想だにせず、安らいだ笑顔でかたわらの俺と頬を寄せあい、身も心も許してくれた少女。
忘れられるものか。
こんな自分に生まれたのを忌まわしいとか不都合とか思ったことは一度もない。
それに俺は、自分の短所を補うのに巧みなところがあった。いままで警察のお世話にならず生きてきたのがなによりの証左だ。
俺が軍隊に志願したのは、戦争になればいくらでも無制限に人殺しができるからだった。
入隊したときはそう思ってた。
戦場に出て、それが間違いだったとわかる。
実際には、無制限で殺しまくれる者なんて最前線にはいない。それに近いことができるのははるか後方、司令部で作戦を練り、兵たちに命令というかたちで駒の役割を押し付ける参謀や将軍たち、そして彼らに軍事面での権限を委ねた政治家だろう。
だが彼らとて、ほんとうに無制限で殺せるわけじゃない。
兵の数には限界があるからだ。
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