「それでも僕は奴じゃない」





 本山マヤが山本耶麻の姿のままに、必死で説明をこころみる。声は男の子だが、口ぶりは女の子そのものだ。
「わたし、わたし……いやだったのに、みんなに逆立ちやらされたんです。しかもいきなり腕をはらわれ、それで頭をぶつけて気を失って……」
「なんだね、山本。その女の子みたいなものの言い方は?」
 教師の目には、山本耶麻が急に女性化したようにしか見えなかった。
 その反応に合わせ、良い子ぶった悪童どもが茶々を入れる。
「先生、山本は本山の代わりに逆立ちして、山本ヤマだったのが本山マヤ、女の子になっちゃったんです」
 クラス中が沸き立った。
「ぎゃははははっっ!!」「オッカマ〜♪」

 浴びせられる哄笑の中、マヤはひるまなかった。今はまだ、なぜ笑われるかもわからずにいた。
「先生。クラスの人たち、わたしたちをいじめるんです。山本くんを寄ってたかって気を失うまで袋叩きにしたんですよ」
 悪童の一人が瞬速で、耶麻の口を借りたマヤによる訴えに異議を申し立てた。
「先生。山本は、逆立ちやって失敗したのを笑われ、勝手に怒り出したんです。凄い剣幕で長丸くん(ズボンを脱がせた子)をいじめるものだから、助けるためにみんなでタコ叩き……いえ正当防衛で団結して……」
「みんなと仲良くできない子は困るねえ」
 まったく無能な教師だった。
 自分が受け持った教室で深刻ないじめが起きたのに、気付く様子がない。

 最前、逆立ちするマヤの腕をくじいた女の子の一人も同調する。
「そうです。しかも、パンツまで脱いじゃってチンチンさらすんですよ、山本くん。女の子はみんな、悲鳴あげて顔を覆いました。もう、恥ずかしくてたまりませんでした」
「山本。そんな変態行為やったのか」
 教師の頭の中では、誰に非があるかはすでにわかりきったことのようだ。

 嘘つけ、このヤロ。男子といっしょに面白がって、はやし立ててたくせに。
 耶麻も黙っていられなくなった。
「違うよ!」
 耶麻がマヤの顔と声とで、はげしく抗弁する。
「逆立ちやってて、脱がされたんだ! 逆立ちなんかしたのも、みんなで寄ってたかって、マヤちゃんに逆立ちやらせようとしたからなんだ。本山マヤが逆立ちすれば山本ヤマになるとか変なこと言って。あんまり酷くて、黙ってられなくて……」
「あら。逆立ちやったの、自分のほうからだったんじゃない?」
 学級委員の一人の女の子が、本山マヤに見える存在のほうを向いて、異議を唱えた。
「先生。本山さん、自分で勝手に逆立ちやって自慢して、失敗して頭を打って、気絶しただけなんです。なのに、みんなを逆恨みすること言うんです」

 教師は、教室の空気が荒れる中、根本的な疑問を提議した。
「そもそもだよ。なんで自習時間なのに逆立ちなんかしたのかな」

 これは、自習時間だったから逆立ちさせられた、としか答えようがない。
 自習で教師の監視がなかったのを幸い、悪童たちが活性化していじめが起きたというのが本当のところだ。
 だいたい、この教員は自分の都合でやたらと自習を課し、職員室に引きこもっていることが多い。
 生徒たちと交わろうともせず、クラスの動向については学級委員の報告を聞くばかり(しかも、その学級委員というのがアレだから……)、退職金と年金めあてに後半生を無難に過ごそうという無能きわまる用務員教師でしかない。
 本来なら、この教師こそ率先して、酷いいじめが起きたことでマヤと耶麻とに土下座して詫びるべきだろう。




( 続く )




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