「夏夜の出来事」


3 ヘンな叔父さん

この挿絵は描画メーカー「NovelAI」で制作されました。
大まかなイメージの視覚化であり、
必ずしも作者の思い描くものと合致するわけではありません。



 浴衣のまま降りていくと、その人は待っていた。
 しばらくぶりだが、変わってない感じだ。若い女性と連れ立っている。
 二人きりの対面じゃなくてよかったと夏夜は思う。
 レディキラーとしての風貌は保っており、そうした大人の男と浴衣姿の十代女子とが深夜に旅館のロビーで向き合うなんて、あまりといえばアレだから。

「なによ、叔父貴。ちっとは時と場所をわきまえたら。こんな真夜中、わざわざ温泉宿に若い娘を訪ねてくるって」
「迷惑だったかな」
「当たり前だよ。みんなの噂の餌食にされるんだから。親族があんまり非常識だと、あたしまで変わり者だと思われちゃうじゃん」
「みんなからは普通に思われてたのか。よかった」
「その言い方。頭にくる」
 邑楽(おうら)はさっきから二人のやり取りをニコニコしながら聞いていた若い女性を紹介した。
「こちらは佐々木咲(ささき・さき)さん。理工学部で研究助手をしている」
「邑楽先生からお話はうかがってたけど。こんな可愛らしい姪御さんがいたなんて」
「助手の人? あら、恋人じゃなかったの」
「はっはっは! 俺のほうはみんなから普通に思われてなくてね。仕事の場以外ではなかなか若い女性が寄り付いてこない」
 真っ赤な嘘だというのを夏夜は知っていた。
 この叔父貴は仕事の場を離れれば、若い娘に自分から寄り付いていく。しょうがないなと思う反面、そうした行き方には憧れるところもあったけど。

「お父さんに連絡したら、学校の友だちと温泉旅行だっていうから。いや驚いた。まさかあれを、電磁収束砲を持って旅に出るなんて」
「悪い? 旅先で何が出るかわかんないじゃん。非常時の保険だよ」
「普通の女の子が持ち歩くものじゃないだろ」
「他に持ち歩く人がいないのは、世界に何台もないからでしょ。あれば絶対、役に立つ。さっきだって……」

「その件だが。いまや、世界にあれ一台きりという状況だ」
「叔父貴。何かあったの?」
「テレビで見なかったか? うちの大学で集団ヒステリーが起こり、学生が大勢、魔物にとり憑かれたようになったって」
「知らない。あたしら昼間は、観光バスの中で集団ヒステリー。乗り合わせたイケメンくんと、ワーワーキャーキャー」
「ハメはずし過ぎるなよ。世の中、悪い男と良く見えるだけの男ばかりだからな」
「叔父貴が言うと説得力あるね」

 そうするうち彼女の叔父は、わざわざ山奥まで深夜に車を飛ばして会いに来たそもそもの動機を、直入に切り出した。
「電磁収束砲は?」
「部屋にある」
「すぐ持ってきてほしい。すぐ使う」
「知らなかった。あれで、集団ヒステリーも治せるの?」
「いや……まあ、そういうことだ」
 絶対、嘘だ。夏夜は叔父が佐々木咲と目くばせしあったのを見逃さなかった。
 あたしの知らない場面で収束砲がなければお手上げになるほどの大事件が起きてるのに、隠す気なんだ。

 夏夜は期待された反応を示さなかった。
 彼女らしく二つ返事でOKし即座に二階に駆け上がるかと思われたが、当惑したように黙り込んでいる。
「困る」
 なんだって? という顔で夏夜をうかがう邑楽と佐々木咲。
「あれがないとあたし、困る。だって。まだ旅行は終わってないし。これから違う旅館にも泊まる予定で。だから、あれがないと……」
「なかったら、われわれも困る」
 邑楽は、依願をかさねた。
「幽霊なんて、どこの旅館にもいるわけじゃないだろ」
「ううん。使うなんて滅多にないよ。だけどさ。あたしもう、あれを抱かないと眠れなくなってるのよね」
「抱き枕じゃないんだぞ」
「具合がいいんだ。とっても。しっくりとはまるサイズ」
 向き合って聞いていた咲がなぜか顔を赤らめた。夏夜の言葉にへんな意図や隠語表現などなかったのに。

「使ったら、すぐ返すよ。しばしの我慢だ」
「いや。放したくない。あれは、あたしのものなんだ。16歳の誕生日にくれたんだよね、おまえももう結婚できる年齢で大人だからって」

 違う。あの電磁収束砲はおまえにやったんじゃない。使い方を教えて、管理を任せただけだ。なぜ年若いおまえを任じたかといえば、おまえのお父さんもお母さんも機械音痴でスマートフォンさえ使いこなせないほどだから。そのうえ、おまえの家は霊障が強い場所にあって実験の場としてこのうえなかったし。
 とは邑楽はけっして言いはしない。

「渡すときに、使い過ぎちゃいかんと念を押したはずだ」
「使いこなしてるよ。怨霊をもう何体も退治した」
「そんなに使いまくってるのか。人殺しとおなじで、本当に必要なときだけにしておけよ」
「本当に必要なとき?」
「自分の身がヤバイと感じ、正当防衛になるような場合だ」

「遊びじゃないんだ。亡霊が発現するには、つまり生体情報が諸要素に焼き付けられるには多くの場合、惨たらしい事情がある。悲劇の数だけ亡霊が出ると言ってもいい。間違っても心霊スポットをめぐり歩いて、出てきたのを片っ端から電磁収束砲で狩るとかいった真似はするな」
「いいこと聞いた。今度、そうしようかな」
「夏夜!」
 邑楽の口調は、聞き分けのない子供を叱りつけるというより、ある権限をもった存在に助けを乞い、哀訴する感じになった。
 さすがレディキラー。若い娘の落とし方はわきまえている。
「非常事態なんだ。被害がどんどん拡がっていく。状況は待ったなしだ。朝までに東京に戻らないと」
「そんなに大変なの?」
「あれがなければ、多くの人に災いが見舞う。あれば多くの人を守ってやれる」
「………………」



†             †             †



 深夜。
 東京へ向けて国道を走る車の中。
 運転席の邑楽。助手席には佐々木咲。そして後部座席に横たわり、電磁収束砲を抱きしめながら安らいだ顔で眠る夏夜。




( 続く )




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