しりょう たいせん
「霊能大戦」
――死んだら、敵になる!――


            


リマ3



 そのとき。
 教会の庭を突き抜け、躍りこんできたものがある。
 襲いかかる神父の霊とリマとの間に割り入って静止するや、ものすごい形相で霊気を吐き、相手を威嚇してみせた。

 リマはもう何が起こっても動じないほど麻痺してしまった意識で、目の前で繰り広げられることをなんの感傷もなしに眺めるばかり。
 ロザンナ……。
 そう、ロザンナだ。
 ロザンナの死霊が、リマを背にしてかばうかのように、神父の死霊の前に立ちはだかってる。
 なんという!
 神父の霊もひるみなどしない。激しく敵意をたぎらせて威嚇を返し、ロザンナの霊を追っ払おうとする。
 けれども。ロザンナの霊は気おされるどころか、喰い殺すほどの勢いで凶暴に吠えてみせる。
 そうやって両者の間に、声の出ない唸り合いのような応酬がくり返された。
 人には聞こえない聴域で死霊たちの意思の疎通がおこなわれている。
 だが、ついに。
 両者はいがみ合うのをやめた。
 ロザンナの霊が神父の霊に飛びかかった。
 神父の霊も受けて応じ、二者の間で霊気を撒き散らす取っ組み合いが始まった。

 死霊同士で戦っている!

 人間同士ならば、肉体上の格差が勝負の決め手となるだろう。
 死霊と死霊のいさかいでは、別の条件が敵を圧倒するのに不可欠なものらしい。
 現に、少女の死霊と巨体な男の死霊とで互角にわたり合っている。
 いや互角どころか、ロザンナの霊体には相手を包んでしまうほど活発な広がりがある。
 すごい。ロザンナの霊的パワーって、神父が相手でも負けないほど強いんだ。
 リマにはそう思えた。
 いつしかロザンナのほうに肩入れして「格闘」の様子を見守る自分を感じながら。

 実際、死霊同士の組み討ちは、あきらかにロザンナのほうが優勢だ。
 神父の霊は全力でもがきながらも、力の上回った相手にじりじりとからめ取られる感じ。
 それだけではない。
 神父の霊の組成物がロザンナの霊気の作用によって分解され、相手の体に吸収されていくようなのだ。
 心なしか、ロザンナの霊体は前より大きく見える。かたや神父の霊体はしだいに見劣りしていき、ロザンナの霊体に包み込まれそうなほど。
 これでは死霊同士の共食いだ。
 リマは目をむいた。

 やがて。
 敵に呑みこまれるのを全力で回避するように、神父の霊はロザンナの霊体から我が身を振りほどくように引き離した。
 そうして相手の束縛から逃れた神父の霊体は見るからにずたずたにされた印象で、霊気が弱まり丈も縮んでしまったようだ。
 神父は唸りながらも、さらに後ずさりしていく。
 ロザンナはもっと凄んで、神父に威嚇の追い討ちを見舞う。
 神父の霊は最後に大きく咆哮すると、背を向けてまっしぐらに退散していった。
 リマは胸をなでおろしたい気分だった。まだ油断できないとわかっていても。

 邪魔者をおのが縄張りから駆逐した状況になると。
 ロザンナはようやく振り返って、リマに目を向けた。
 なぜとなく満悦の表情を浮かべてる気がする。
 ロザンナ……。
 怖い顔してる……怖い顔だけど……やっぱりロザンナだ……身を張ってリマを守ってくれた……。
 リマはまだ、幻想をもっていた。
 近寄ってもなんの危険もない。
 親友なのだから。
 一緒に育って心の通いあった猛獣に寄り添うのとおなじだ。
 霊体に触れるってどんな感触だろう、とさえ思った。
 あんな姿になっても、もう一度ロザンナと抱き締めあいたかった。
 あたしたち、今でも友だち同士。
 そうして、相手から数歩まで距離を縮めたとき……。

 今度は……。
 ロザンナが……。
 襲いかかってきた!

 その瞬間、リマの意識の中で時が停止する。
 彼女の小さな心には、ほんとうに多くの想念が去来してたぎるようだった。

 ロザンナまで!
 リマをし止めようと襲ってくる。
 表情にも行動にも、親愛の念などまったく感じられない。
 たしかに、ロザンナはリマを求めていた。
 けれども動機は、リマとの友情でもなけれぱ絆でもない、ようするにリマの命を奪うことなのだ。
 ロザンナはただ、神父の霊を相手に獲物を独占しようと奪い合っていただけ。
 リマには自身の立場がよくわかった。
 自分は……自分は、野獣に狩られる小さな獲物にすぎないのだ。

 思い知らなければならなかった。
 死んだら、何もかも変わる。
 生きてるとき、誰かとの間にどれだけ強い絆があったとしても。
 死霊になれば生きる者の敵となってしまうのだ。
 もう、何も信じられない。
 いいえ、信じたいけど。何を信じたらいいのか。
 わかってるのは生きなきゃならないってこと。
 そうよ、生きないと!

 時はふたたび動きはじめた。
 もしもリマが、ただ呆然として死を受け入れ、機転をきかすことがなかったならば彼女の物語はホラー映画のオムニバスの一篇のようにそこで「おしまい(El Fin)」となっていただろう。
 リマが何をしたか?

「止まれ!」
 迫りくる死霊に向かって、怒鳴りつけたのだ。
「あたしを殺しちゃダメ!」
 驚いたことに、ロザンナの死霊は目の前でほんとうに急停止した。
 まるで霊体の身でありながら生きた少女の怒気に気おされたかのように。
 実際、リマは死霊もかくやと思われる険しい顔で睨んでいるのだ。

「あたしが死んだらあたしも死霊になるけど……殺された怨みを忘れない……それで絶対、強い死霊になって……あんたを喰い殺してやる……あんたの霊素をぜんぶ分解して、吸いつくしてやるんだから……あんたが神父の死霊を逃がしたみたいな容赦はしないわよ……いいこと?……あたしを殺したら自分も殺されるって覚悟しなさい、ロザンナ!」
 何がリマをして自分を餌食にせんと迫る死霊の前に立ちつくさせ、冒涜的なまでに大胆な啖呵を切らせたのだろう?

 しばらくは、ハッタリが効いたように思えた。
 ロザンナの死霊は、流水を前にしたかのように逡巡している。
 なるほど。とっさにリマが口から並べたてたことは、相手にしてみれば最悪の結果だ。
 ほんとうにそうだった場合には。
 仮にリマが死霊になっても微力しか出せず、どれだけ凄んでも逆に相手に喰われて終わるだけというのもあり得よう。
 否むしろ、そうなる可能性のほうが高い。
 神父の霊すら喰い殺せるほど霊力の強いロザンナに挑むのだから。

 ただ、生きてるうちから死霊を相手にこれだけ凄味をきかせる少女がほんとうに死霊になったらどうなるかは、興味をそそる疑問に違いなかった。
 リマをうかつに殺すのは地雷を踏む行為になりかねない。
 ロザンナは、おまえの脅しに乗るかという態度で上段にかまえながらも、実のところ思いあぐねているようだ。

 が、すぐに結論に達したらしく。
 リマに面と向き合ったまま、嘲りと威嚇とで意思表示してみせた。
 ロザンナの返答は、「やってみなさいよ」である。
 死霊になってあたしを喰らいたいなら試してみれば?、という意味だ。
 そのあと、間髪をおかず。
 ロザンナは牙をむくような恐ろしい形相と化す。
 そして襲いかかった。
 リマではなく、大殺戮をくぐり抜け、教会の外までかろうじて逃げてきた一群の人々にだ。
 リマは取り残される格好となった。

 油断させて背後から襲うのではと備えたが、ロザンナはすでにリマのことを興味の対象外に追いやったようで、別の獲物を追いながらしだいに遠ざかっていく。
 リマを手にかけるのは他の死霊にまかせることにしたらしい。
 喰らうならそいつを喰らえというわけか。

 自分が助かったことに気付くのにしばしの間が必要だった。
 リマは殺されるのを覚悟し、たとえ我が身が死霊と化してもロザンナに挑む気になっていたものだから、相手が急に転進して目前から消えたとき、ロザンナをし止められずに残念と感じたほどだった。

 彼女は極度の緊張から解き放たれた反動で息をあえがせながら、しばらく自問自答を重ねた。
 え……助かったの?
 そうよ。リマはまだ生きてる。
 それじゃ、逃げないと。別の死霊に狙われる。
 でも、どこへ?
 とにかく、走るのよ!




( 続く )




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