しりょう たいせん
「霊能大戦」
――死んだら、敵になる!――


                  



フット



 彼らは突然、やって来た。
 「火星開発公社」と車体に記された、見たこともない車種の車に乗って。
 降り立ったのは、数名の屈強な男たちを従えた美女である。
 トレイラーハウスの扉口で応対するフットに、晴れやかな顔で祝福の意を伝えたものだ。

「おめでとうございます。あなたは火星移民計画の移住者の選考で最終関門を通過しました」
 いきなり訪問した者からこんなこと言われたら、当惑するしかあるまい。
「火星行きなんて……俺、応募してないけど」
「自分から応募した人たちと別に、移住者にふさわしい適性をもった人をこちらでも探しています。非常に大勢の中から候補が絞られ、あなたがその一人として決まったのです」

 フットは、話の内容と女の美貌とに面食らいながら、人生に急展開をもたらす出来事を受け止めかねていた。
「どうすりゃいい」
「すぐに、わたしたちと一緒に来てください」
「無理だよ、いきなり言われても。準備も何も出来てない」
「必要なものは、すべてこちらで揃えておきました。あなたにはその身ひとつで来てもらうだけでいいのです」

「悪いけど、今夜は……これから勤めがあるんだ」
「行けないと連絡してください」
「当日のキャンセルはあとに響く。皆勤手当てがもらえないし、あの店長、恐ろしい剣幕で怒って俺をクビにする」
「今来なければ、もっと恐ろしいことが起きてしまいます」
「どんなことが?」
 女は答えをはぐらかした。
「では。あなたの職場には、こちらのほうで話をつけるということで」
「なんだと? おい。勝手な真似しないでくれ」
 フットには何としても仕事を辞められない事情があった。

 埒が明かないと思ったのだろう、美女は従えた男たちを振り返ると、顎で指図するような素振りをした。
 進み出た男たちが、フットを引きずり出し、寄ってたかって抑えようとする。
「あ。おい、やめろ。強制連行する気か?」
 有無を言わさず連れ出そうとする雰囲気にはヤバイものがあった。
 フットはサムソンもかくやの馬鹿力を発揮して猛烈に暴れ、四人がかりの拘束を振り切って逃げ出した。
 走りに走った。
 とにかく、走るしかない。
 町まで向かって。

 あいつら、何なんだよ?
 火星への移住者に選ばれたから来てほしいなんて、人さらいの新手か?
 それにしたって、トレイラー暮らしの俺を誘拐して、身代はどこに要求するんだ?
 馬鹿にしてやがる。
 なんにせよ、「火星開発公社」の連中じゃないのは間違いない。
 見る目があったら、この俺を火星移民になんて選んだりするもんか。
 頭が悪い、馬鹿力だけが取り柄、地上での適応能力すら欠落してるってのに。
 まったく、ふざけてやがる。

 背後で車の近づく音がする。
 あの車だ。
 追いすがってくるのがわかると、フットは道から逸れ、広大なとうもろこし畑に踏み入って逃げた。


 町に着いた。
 ここには二種類の人間しかいない。
 退屈してる奴か何かして退屈をまぎらわせる奴。
 誰も彼もが、自分の暇つぶしのことで余念がない。
 息せき切って走りこんだフットを気遣うような者など皆無だ。
 必死でいるのはフットだけ。自分がひどく場違いな存在に思えた。
 勤めてる軽食堂までさらに突っ走る。

 フットは店に駆け込んだ。
「大変だ! 誘拐だ!」
 チキンとポテトを運んでいたキテイが、キョトンとした顔で応じる。
「誰が?」
「俺が」
 店内を揺るがす大爆笑が彼を迎えた。
 一人として真に受けてくれない。
 フットが冗談を言ったものと思い込んでる。
 いつも通りのくだらない冗談を。

 信じてもらおうと、真剣な表情で説明をこころみた。
「嘘じゃない。火星開発公社の車が来てだ、俺が火星移住民に選ばれたとかで強引に連れていこうとした。すげえ美人が指図して、男が四人がかりで抑えつけるんだ」
「連れてかれちゃえばよかった」
 キティが合いの手を入れるように、茶化した物言いで応じる。
 笑い声はさらに高まった。
「火星開発公社だと?」
 非番の日なのだろう、カウンターで飲んでいた保安官が生真面目な顔で訊いてきた。
「そうだよ、シェリフ。間違いない。車体にはっきり記されてた。俺をその車に押し込もうとしたんだ」
「火星開発公社……聞かないな、そんな名前の精神病院は」
 哄笑の波は最高潮に達した。
 信じてもらえない……。
 自分を取り巻く高笑いの中で、フットは呆然とするしかなかった。

「ワハハハハ! ウハハハハ! ヒヘハハハ!」
「そこのじいさん、笑ってないで信じてくれ。頼むから。俺いつも、あんたのヘタな冗談を笑ってやってるだろ?」
「だからわしも、笑ってやっとるんじゃ。おまえさんのヘボな冗談を」
 キティが寄ってきて、取りなした。
「フット。あんたの冗談にしては傑作ね。大真面目な顔で言うから、可笑しさひとしお」
 フットはフッと吐息をもらした。
「ふざけて言ったら、信じてくれるのか?」

「早かったね、フット。」
 店の女将(おかみ)が出てきて、ぞんざいに挨拶する。
「ボサッと突っ立ってたらダメだよ。今日はサービスデーで、普段よりお客が増えるんだから。キビキビ動いてもらわないと」
 女将(おかみ)はやり手を気取っている。
 いかにも自分の才覚で店を切り盛りする風をよそおうが。
 実のところ、この店の経営が成り立つのは看板娘のキティのおかげというのが大方の見方だ。

 接客係のキティ・レイトンは、夜の時間帯には余興としてカントリーソングの弾き語りを披露する。
 実力のほどは知れたもので、ふらりとやって来た芸能事務所の大物をうならせて即座にスカウトなど望むべくもないが、それなりの容姿とそれなりの歌声で界隈の男どもにアピールし、客寄せに貢献できた。
 彼女は人気者にふさわしい気立ての良さを備えており、一緒にいると楽しい気分になれる。
 フットが安い給料にも関わらず今の仕事をやめないのも、キティと離れたくないからだ。
 もっともフットの場合、自分が望むから仕事が続けられるわけではなかったが。

 従業員としてのフットは雇用主の悪夢中の存在に違いない。
 とにかく、しくじる。
 接客はなってない、注文は覚えられない、配膳はしくじる、皿は割る、おまけに勘定を間違える……。
 何ひとつまともに出来なかった。
 彼の目を見れば悪意はまったくないとわかるが、これだけ失態ばかりだと善意もないのではと疑いたくなろう。
 たいていの雇用主は、自分にかくたる人材を受け入れる度量が足りないのを痛感させられる。
 実際、フットはいままでに数え切れない件数、解雇を言い渡されてきた。
 それでも女将(おかみ)がフットを雇い続けるのは、いるだけで悪質な客に対する護符になるからだ。
 本人は意識しないが、彼の強面の顔、屈強な体格、そして備わった馬鹿力には周囲を圧するところがあった。
 とりわけ、揉め事をおこすタイプの客には効き目を発揮する。
 彼が出ていけば、たいていの者は争う気をなくすのだ。
 店員としては使えないが、トータルで何人もの警備員を雇うほどの割の良さがあった。
 フットはおめでたいことに、自分のそんな値打ちに気付かない。
 これほど無能な仕事ぶりでも切り捨てたりしない女将(おかみ)の寛大さを恩に着るばかり。
 彼は性善説の持ち主だ。
 どんなガラが悪い奴でも根は善良で、話せばわかってくれるというのが持論である。
 みんなはあいつのことヤバイって言うけど、なんでだろう。俺がいさめれば、すぐ間違いを改めて言う通りにしてくれるじゃないか。本来はいい奴だよ。
 フットはほんとうに、そう思っていた。


 それにしても。
 あんな出来事があったのに誰も気にかけてくれず、今までと変わりなく店の仕事をやらされるなんてまったく妙なものだった。
 フットは、自分の信じられない体験が町のだるい空気の中にすっかり吸収されてしまったように感じていた。




†             †             †




 突然。
 哄笑でざわめいた店内の雰囲気が変わった。
 常連客と女将(おかみ)の目は、店のテレビに釘付けとなった。
 画面の中では、夜の大都市の路上を、無数の人々が必死で逃げまどっている。
 何者かが襲ってくるのだが、姿は見えない。
 殺されるさまがどんな映画よりも凄惨だ。
 鋭い刃物で斬られたように体から血を噴き出す。あるいは、刎ねられた首が飛ぶ。
 そこかしこに、血まみれになったり、首をなくした男女の死体が転がり、この世のものとも思えない。
 耳眼を奪うには十分すぎるセンセーショナルな光景だ。

「なによ、これ? ホラー映画?」
「ニューヨークに、死霊の群れが襲来したんだと」
「馬鹿馬鹿しい。スポーツのニュースにしてくれ」
「だから、野球の中継見てたらいきなり、この映画になっちまったんだよ」
 画面には、政府が非常事態宣言を発したのを伝えるテロップが重なって流れていく。
「映画じゃない。実況だってさ」
「嘘!」
「オックス・テレビの番組だろ? フェイクに決まってるじゃねえか。おい、替えてくれ」
 客の要望に応えて、女将(おかみ)がリモコンを操作する。
 だが。
 なんと。どの局に替えても、おなじようなパニック場面ばっかりだ。
「やだ。どこも同じ番組。どういうこと?」
 客の一人がいまいましげに、うめいた。
「チキショウ。全部、オックスが買収しやがった」

 ボサッとした感じでテレビ画面を仰いでいるフットに、傍らのキティが囁いた。
「信じる、フット?」
「おまえは信じるのか?」
「信じられないわ。でも……」
 キティはスマートフォンの画面を見せた。
 Twitterで世界的にバズってて、何万もRTされてる現場からのツイートだ。
 いやツイートではない、叫びだった。

I don't believe!
What u see?


 つぶやきには、死霊の襲来する現場で撮ったという画像が添えられていたが、死霊の姿なんてどこにも写っていない。
 テレビのニュースとまったく同じ、大勢の人群れがニューヨークの路上を、この世の終わりが来たかのような狼狽ぶりで逃げまどう様子が捉えられているだけ。
 コメント欄もまた混沌たる状態だ。
 現実に災禍にさらされる東部諸州の人々は真摯で深刻な調子で恐怖と戦慄に包まれた実況を伝えるこのアカウントを気遣っているのに、それ以外の地域からの声となると(コメントの大半だが)、まず真に受けたりはせず、フェイクだと疑ったり、面白がって揶揄したり、便乗して不謹慎な笑いネタで茶化したり……。
 あまりにも隔たりのある二派の意見が、何千となく列なっている。

 なんだ、こりゃあ……。

「彼女……フォロワーだったのよ。Youtubeの動画を見て、あたしの歌を気に入ってくれて。でも。連絡が付かないの。いくらメッセージ送っても返事がないの。ツイートもこれが最後、あとはまったく途切れてしまって……どうなったかわからない」
 フットにはキティのフォロー友達の安否の確認の仕方など知るよしもない。
 キティをどう慰めたらいいかもわからない。
「どうして、つぶやかなくなっちゃったのかしら? まさか……」
「電池が切れたのさ」
 フットは重く、ため息をついた。



( 続く )




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