「悪童島10」


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「相変わらずだな、お軽」
 小椋大納言は唖然となったモモにはとりあわず、お軽のほうへと歩み寄り、いかにも旧知の間柄のような気さくさで話しかけた。
「そのお姿。小椋さまもお変わりないようで」
 お軽は大納言の前では、がらりと態度を変えた。これまた、モモが初めて見るお軽の一面である。
「ふっふっふ。このたび、誰がおまえを雇ったかは問うまい。向こうも大元がわかる仕方ではおまえごときに仕事はまかせん」
「そう思わせておき、糸口をたぐり寄せるのがこのお軽の得意技」
「どうやら、依頼主が二者おるようだな。おまえに何かをさせる者とその者の動向を嗅ぎまわる者」
「小椋さま。三番目のご依頼人になる気はおありでしょうか?」
「今回はやめておこう。おまえのことだ。わたしの動向もその二者の知るところとなるであろう?」
「別料金さえいただけるならば、偽った情報を伝え撹乱することもできますが」
 大納言は、お軽に顔を寄せ、忠告というより釘をさす口ぶりになった。
「よいか、お軽。ふらふらと木の葉のように舞い漂うもよいが、焚き火に投げ込まれる終わり方だけはするなよ」
「身の落とし方はわきまえております」
「ほんとうかな?」

「さて、そのほう」
 大納言は、ようやくモモに向き直ると、頭巾の下からも端正さと聡明さがうかがえる顔を寄せてきた。
「おまえがお軽にセクハラなどしていないのはわかる。お軽なら並の男にそんな真似を許さないし、されたならぱ生かしておくまい。しかしだ。聞けば、一撃でお軽の意識を失わせたとのこと。よほどの勇者(つわもの)であらねばなせる技ではない。あの頑丈な正門を開けてしまったのと合わせ、ただ者ではあるまい」
 モモには意外だった。
 お軽のことはあくまで、怒らせれば始末に負えない小娘だが、それほど危険な相手とは思いもしなかったのだ。
「こうしたかたちで顔合わせしたのも何かの縁ではあろう。そこでだ。わが館に忍び入り、偽の手紙をひけらかした等については不問に付してやる。おまえは筋がよい。今後は、精進に励むことだ。ひとかどの武芸者へと立身するのも夢ではあるまい。さあ、帰れ。入ってきた正門から堂々と出るがよい。ただし扉を閉め忘れるな」
 大納言はそれだけ言うと、くるりと背を向けた。モモのことはそれきりで関心外に追いやったという意思表示である。
 ああ。仕官への途は閉ざされた。いや始めからなかったのだ、とモモは理解した。

 庵石寺勢運(あんこくじ・せいうん)が納得のいかぬ顔で、大納言の意向に念押しする。
「よいのですか? 逃がしてしまって」
「疑わしき者がおり、その生殺与奪の権がおのが手の内にある時は免じてやらねばなるまい」
 大納言は嘆息すると、もはや帰ることのできぬ客人ばかりが横たわる宴の場に目をやった。
「わが屋敷で起きたことだ。難を逃れたのはわたしだけ。犠牲者が友ばかりなら僥倖を拾ったと言い逃れもきくが、殺されたのは政敵ばかり。しかも仲直りしたいとの書状により招かれた。これでは疑いを受けぬほうが難しい。明日はわが身が嫌疑にさらされるという時、疑わしきゆえに誰れを咎められようか?」


 小椋大納言が家来を従えて行ってしまうと、お軽ははずむように立ち上がり、悄然とした態でたたずんでいるモモに歩み寄った。
「さあ、行きましょう。二人とも無罪放免、家に帰っていいってさ」
 お軽はモモの腕をつかんで引っ張っていこうとする。犬と猿もすかさず、こんな場所に居るのはもうまっぴらという調子で、動きを合わせる。
 だがモモは抗い、相手の手を振りほどいた。
「勝手に出る気ですか?」
「勝手に入ったんだもの」
 お軽は、なんら悪びれることなく、モモの手をさらにつかむ。
「あたしらの役目はここで終わり。居ても仕方ないの。あんたは疑いが晴れ、あたしは泳がされる。まもなく、検非違使がやって来て取り調べが始まり、騒がしくなるでしょう。それまでに姿をくらまさないと」
「もうすこし居させてください。わからないことが多すぎる」
「これ以上、わかってどうするの? 大人の世界が怖いこと。子供には難解すぎること。それだけわかれば、もう十分じゃない」
 お軽の顔はまるで、モモとは10歳も年が違うほど大人びて見えた。
「日ノ本の都は怪物よ。居付かないほうがいい。あんたは動物たち連れまわして鬼退治やってればいいの。あんたみたいなキャラには童話や絵本がお似合いなんだから。なんでミステリーの中にまで出てくるの? 知恵もないのに」

 しかしモモには、訊いておきたいことがある。
「あなたとあの大納言とはどういう関係です?」
「あんたには関係ないでしょ」
「いや、説明の義務がある。あなたはわたしを騙して、ここまで連れてきた。小椋大納言が家来に取り立てるなどとまったくの嘘を言い。いったい、どうしてです? 理由を教えてもらうまで、わたしは帰りません。あなたも帰しません」
 モモはお軽を逃がさないよう、自分を立たせようとする彼女の手を強く握り締めた。
 ああ、こんなかたちでしか女の子の手を握れないなんて。
「やめてよ、セクハラじゃないの」
「そっちこそ詐欺行為じゃありませんか。偽の手紙で釣り上げ、家宅侵入させておいて。ヘタすれば、大量殺人の冤罪をかぶせられるところだった。おまけに……おまけに、この桃太郎がお軽さんをレイプしていたなどと言いがかりを……」
「ちょっと。レイプしたなんて言ったのはあたしじゃないでしょ」

 通路で言い合いをはじめたモモとお軽とを見やりながら、庵石寺が苦笑する。
「あの者たち、親方さまの恩情を無下に、たがい同士で咎めあっておりますぞ」
「まあ、よい」

「説明の義務がある? 説明してどうするの? 選考であなたを落とした人のところに怒鳴り込む?」
「選考?」
 お軽はもはや勢いで、しゃべってならないことまで一気にまくし立てた。
「あんたはね、このお屋敷に集まった公家たちを皆殺しにするため結党された暗殺部隊の候補のひとりだったの。使えそうな無頼漢や不満分子を一覧にしてあってね、先日の奮闘ぶりで急遽そのリストにくわえられたのよ。選考者の間ではポイント高かったんだけど、決行直前にはずされちゃった。やっぱりさ、駆けつけたあんたを見て、年が足りないし、この仕事に向かないって思われたんじゃないかしら、あの方から」
「あの方って……お屋敷の前は無人でしたよ」
「門の内側から覗いてたはず。それで、あんたを審査したというわけ。呼んでも叩いても開門しなかったのはそのせいよ。でも、あんたを一目するだけで暗殺隊の人選から落とすなんて、あの方、お目が高いんだか見る目がないんだか、あたしにはわからない」

 モモは、妙な感慨をあじわった。
 ああ。見る人はやはり、自分の働きを見ており、才能を買い上げようとしてくれるのだ。こともあろうに、それが人殺しの親玉だったとは!
「いったい、誰なんです? あの方とは」
「あたしも知らない。あたしに指示した連中にさらに上から指示をあたえる人。わかってるのはそこまで」




( 続く )




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