「悪童島4」


               



「隊長。ひっ捕えました」
 モモはあえて抵抗しなかった。
 この状況で暴れなどしたら、どんな目に遇うかわからない。
 相手は鬼なのだ。
 ただ鬼たちも、モモがまだ子供だし味方するなどと変なことを言うので、処遇を決めかねている様子だ。
 モモのまわりには隊長格の者のほか何人かの鬼たちが面白がって集まってきた。
 暴徒らの攻めが下火となり、一息ついたときにちょうどいい気晴らしのネタが飛び込んできたともいえる。

 モモが驚いたのは、取り囲まれ孤立無援の状況下、鬼たちは悲壮な覚悟で必死の抵抗をしていると思いきや、なかなか余裕をもっての戦いぶりだったことだ。
 もともとの性分らしく、鬼たちときたら戦うのを面白がっている。
 敵を倒すごとに、がはは、がはは! と豪快に笑い飛ばす。

 鬼たちは暴動がおきた当初こそ、殺到する暴徒らの前に一気に押し潰され皆殺しかと思われたものの、よく持ちこたえていた。
 彼らは鬼の隊長の号令一下、即応で動き、高貴な者を乗せた御輿を囲むように円陣をなして備え、襲いくる脅威に立ち向かった。
 その際にはぐれ、円陣の中に入りそこねた数名は暴徒らの餌食となりはしたが、しかし円陣で抵抗する者はほとんど無傷であった。
 かたや暴徒側は数では圧倒しながらも、相手が怪力揃いの鬼では歯が立たず、攻めあぐねる様子だ。
 あきらかに人間のほうに損害が多く、一見どっちが加害側だかわからない。
 もしかして……モモたちの助けは必要なかったのではあるまいか。
 一体なんのため捨て身の覚悟で出てきたのだろう。

「やい、おまえ」
 鬼の隊長は、モモの頭を小突き、ひときわ恐ろしい顔を寄せてきた。
「来るなと言うのに、なぜ飛び込んだ? 我らの陣営に一番乗りし、手柄でも立てる気でいたか?」
「おまえたちに味方し、一緒に戦うため来たのだ」
「味方だと? ヒトが鬼と一緒に戦う?」
「いいか、この桃太郎はあの暴徒らとは違う。良い人間だ」
「良い人間だ? 暴動おこした連中はみな、そう思っておろう」
 鬼たちはゲタゲタゲタと盛大に嘲った。

 鬼の隊長は残忍そうな笑みを浮かべ、護身用の小刀を抜いた。
「もう芝居はよせ。縄をほどいてやるから、とっとと仲間のところに戻れ」
「何度言ったら、わかる? あいつらの仲間ではない。暴徒らの狼藉ぶり見せられ、人であるのを恥じている」
「なに? そりゃ恥じるだろ。われらと違い、ヒトの身ではな」
「やい、ヒトのガキ。われらの一物見せられれば、自身のちっぽけさにもっと恥じようぞ」
「わっはっはっはっっっ!!」
 モモは鬼どもの間にいき渡った人間たちへの優越思潮を垣間見る思いがした。
 こうしたものは実は、日ノ本で暮らす鬼たちもひた隠し、人に気付かせぬよう気を使っているものなのだ。
 モモと向き合う鬼たちは鬼ヶ島のネイティヴだったので、かかる修羅の場に際し、思うところが直裁に出てしまったのである。

「この桃太郎は百人力の怪腕。いればどんな者より役立てる」
「役に立てる、だ? ヒトがなんの役に立つ? おまえらのものでわれらの役に立つのは、ケツの穴だけよ」
「うわっはっはっは!!」

 モモはだんだん、鬼たちの対応が気にさわったきた。
「人の世界では、助けは素直に受け入れるものだ」
「言っておろう、ヒトの助けなどいらん。百人力とな? では、おまえにこんな真似ができるか?」
 そう言いつつ鬼の隊長は、近くに転がっていた暴徒の死体を見つけると、軽々とつかみあげるようにして持ち上げると、頭上に高々と掲げてみせ、えいやっ! と力をこめ、ベリベリベリッと身を引き裂いてしまう。鮮血と体液が飛び散った。
 うわわわっっ!!
 モモたちは凍りついた。
 さすが鬼だ。残虐の水準が違う。
 鬼は、鮮血でまみれた鬼のような形相でモモを見やり、かんらかんらと笑った。

 ケダモノたちも騒ぎだした。
「桃太郎親分。引こうよ、引こうよ。やだよ、怖いよ、この人たち」

 モモは気丈にも食い下がり、さらに交渉を続ける。
「貴様ら、日ノ本には親善のため、人と和を結ぶため来たのではなかったか?」
「へ。望んでもおらん。俺は王の命に従ったまでのこと」
「おまえの王は望んだのだな? では、この桃太郎と手を結べねば王の命にそむくことになるぞ」
「王だと?」
 あきらかに鬼の気にさわる言い方だったようだ。
「おうっ!」
 鬼の隊長は噛みつくほど近くに顔を寄せてきて、ドスをきかせた声音で脅しつけた。
 キジは高く飛び上がり、犬と猿とは抱き合って震えあがる。
 モモは目をそらさずにいた。
「ヒトの分際で、調子に乗るな。いいか。われらの王もいまは日ノ本に暮らす鬼たちの身を案じ、かたちばかりの友好をお望みだが……いずれ気が変わり、日ノ本にいくさを仕掛けようぞ。こんなチャチな国など たちまち鬼の軍勢の支配下だ。そのときは俺さまが、この鬼大将の大松さまが日ノ本の王になってくれる」
「なに? 日ノ本を支配だと? そんな真似は桃太郎が許さん」
 モモは、身を縛っていた縄を自力でぶっちぎり、立ち上がった。
「やるか、小童(こわっぱ)?」
 相手にもようやく、モモの言い張る怪腕ぶりが嘘ではないとわかったらしい。

 モモは命懸けで修羅場に飛び込んだ本来の目的も忘れ、鬼たちといさかいをはじめる気になった。
 しかし鬼たちも、桃太郎を怒らせる手はないであろう。
 鬼を成敗するため生まれてきたような相手なのだから。

 そのとき。
「やめなさい!」
 鬼たちの動きに歯止めをするように、うら若い女性の声が発せられた。円陣の中央で守られる高貴な者の御座とおぼしい御輿の中からだ。
「年少の者に手を加えることなりません。その子の言うのは正論です。いかにも、わたくしが日ノ本を訪れたのは人と協力しあうため」

「大松。話があります。こちらへ」
 睨みをきかせながらモモの前から離れた鬼の隊長は、御輿の前に馳せ参じ、平伏する。
「戦いの趨勢はどのようですか?」
「ご心配にはおよびません。我らの勇猛な働きの前に、敵側は慄き、退いております」

 そうなのだ。
 さっきから、あれほど容赦なかった暴徒側の攻撃がなぜかパタリと途絶えている。
 円陣への包囲はすでに解かれ、親玉たちから指図され移動していった暴徒らは、西を背にした一方向に寄り集まって気勢をあげるばかりで攻めかかろうとしない。態勢を立て直し、また襲ってくるのかもしれない。今度は、一方向に戦力を集中して突破する気だろうか。
 自分の奮闘と鬼どもの凶暴ぶりに気圧されたのだろうとモモは思ったが。

「さては、状況はわがほうに有利な雲行きなのですね」
「ご裁可を。我らここより討って出て、あの狼藉者ども一名あまさず討ち取ってご覧にいれましょう」
「なりませぬ。いずれ日ノ本の警吏が到着し、彼らに対しましょう。わたくしたちだけでこの暴動を平らげたのでは鬼の恐ろしさを印象付けるばかり。日ノ本の狼藉者は日ノ本の警吏にまかせるのがいまは上策」
「お言葉ですが。日ノ本の警吏など姫君の信頼に値しません。何をしているのか、とうに到着すべき頃なのに姿を見せぬままです」
 しばしの間、沈黙が訪れる。鬼の国の姫君は思いあぐねているようだった。

「は……あの子供!」
 鬼姫の声は妙案を思いついたように、快活なものとなった。
「大松。ただちに、あの少年と動物たちを援護するかたちで討って出なさい。主役はあくまで人間の少年。そうやって、鬼と人とが力を合わせ暴徒を撃退したよう見せるのです」
「姫君。しかし……」
「わたくしはこの日ノ本での行動について、父上から全権を委譲されております。わたくしの命は父上の命もおなじこと。従えぬというのであらば……」
「………………」

 鬼の隊長はモモの前に戻ってきたが、最前とは違い、抑えた態度でもの言いをする。
「ご命令だ、討って出るぞ。よいか、おまえが先陣を切るのだ。度胸はあるか?」
「度胸だと? おまえらこそ、この桃太郎のあとについて来られるか?」
「口が減らないガキめ。命拾いしたことで姫様に感謝しろ」
「この桃太郎を敵に回さず済んだことをあの方に感謝しろ」
 鬼の隊長は、モモの口ごたえをフンとせせら笑うと背をむけ、部下たちに命じつけた。
「よいか、者ども。このガキとケダモノらを側面と背面から守りながら進め」

「行くぞ!」
 モモと犬猿キジは一斉に、躍り出た。
 ガブリ! バリバリッ! ツクツクツク!
ゴキッ!
「ようし。次、そいつ!」
 うわわわっっっ!!!
 さらにモモたちのあとから鬼どもが突進してくる。
「そら、あのガキに横槍いれさせるな! 背後に回られ、ケツを突かせるな!」

 鬼姫の命により、背後は鬼たちにがっちりと守られているため、モモたちはまさに後顧の憂いなく暴徒の集団を相手取り、存分に暴れまわることができた。
 今度は、暴徒側がぐいぐいと押されていく。
 人々は鬼の軍勢の先頭に立ったモモたちの強さに感嘆し、声援を送った。
 鬼姫の賢明な目算どおり、鬼だけの奮闘だったらかくも盛大な好反応は起こらなかったに違いあるまい。

 そうするうち、都大路の十字路をあらたな変化が見舞った。
 鎧兜を身にまとった武者のようないでたちの小椋大納言(おぐら・だいなごん)という日ノ本政府の高官が、鬼の使節危うしとの報を受け、手勢を率いて駆けつけたのだ。
 西の通りから、暴徒らのまさに背面から人だかりをかき分けるようにして現われた彼らは、西日を浴び武具を橙色に輝かせながら群衆の前で展開し、暴徒らに見物人の間に逃げ込ませないよう布陣する。
 かくして退路を絶たれた極右デモの面々は一網打尽となり、武具を捨てた。
 



( 続く )




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