「悪童島8」


                     



 それからモモたちは、闇に包まれた屋敷の中を手探りで進み、ついに本殿の広間へと達した。
 他の区画よりも、ずっと明るくなっている。
 広い間取りを各所に配された高灯台や蝋燭立ての灯が照らしだし、何が起きたか知るには十分すぎる照明量である。
 この場所こそ、大殺戮のメインステージだった。

 貴人たちが一堂に会する宴のさなか多勢の賊が踏み込んできたといった図をさらしている。
 呆然とするうち仕留められた者、逃げようとした者、無茶苦茶に抵抗した者、必死で命乞いした者……誰も彼もが、こんな死に方など望まなかったという姿だ。
 犠牲者には酒席の接待を務めた女たちも散見される。
 華美な衣裳に身を包みながら殺されたうら若い女らが立派な装束をまとった公家たちの死体の間に散らばるように所どころで伏し倒れ、場の惨さを際立たせている。

 どひえ〜〜っっ!!
 ケダモノたちはまたしても震えあがった。
「うわう、わう、わおーーん」「暗殺だよ、暗殺。あ〜んさつ」「いなくてよかった、遅れて正解。来てたら、ぼくらもこうなった」

 モモには、こんな立派な身分の人たちがこれだけの数、揃って災難に遇うというのが信じられなかった。
 貴人たちと自分たち平民とはたどる運命が違うのではと思っていたからだ。
 それにしても、ここにも小椋大納言の姿は見当たらない。
 なぜだろう。大納言の席とおぼしい上座だけが空席となっている。

「あー、いやだ、いやだ。くらくらする」
 お軽は立ちくらみをおこしたようにしゃがみ込んだ。
 モモは、この広間で唯一の生きている女性の身を気遣うように、お軽の隣りに跪き、肩寄せた。
「しっかりしろ。この桃太郎が付いている」
 そう言おうとしたものの、さすがに気後れがあり言い出せなかった。
 お姫様だっこして別室に運び、介抱しようとも思ったが、それもできるわけがない。
 ただ、案じるような面持ちで傍らに付き添うだけである。

 お軽はまたしても、しかし今度は正面から、モモにすがりつくように抱きつくと怯えているのをアピールする目で訴える。
「ねえ。なんであたしたち、ここにいるの? 屋敷の者でもないのに。関係ないじゃない」
「わたしはこの家の主から招かれました。こんなことさえ起きなければ、歓迎されていたはずの身です」
 そうなのだ。モモはあの書状で小椋大納言より招かれていた。大納言からどう遇されたかはわからぬにせよ、悪くはされなかっただろう。それが押し入った者どもの仕業で、期待していた面会も、栄達も、ご馳走も、何もかもがご破算となったのだ。
「ほんと、すごい歓迎ぶり。急にお呼びがかかり、あわてて来てみたら、みんな死んでるんだから」
 お軽の皮肉にモモは諭すように応じる。
「死んだ人のことを悪く言ってはいけません。誰も望んで死んだわけではないのです」
「そうよね」
 お軽は、周囲の惨状を空目で見やりながら、力なく息をついた。
「でも、あたしたちの手に負えないよ。警吏を呼んだほうがよくない?」
「スマートフォンを持っていないんです」
 モモは僻むように、ぼそっとつぶやく。
「あたしも持ってないよ。この時代にそんなものあるわけないから」
 みんな、持ってないのか。自分だけじゃなかったのか。
 モモは場違いにも、妙な安心感を抱いた。
 そのうえさらに場違いにも、お軽に対してより親密になるためのプライベートな質問を仕掛けたくなった。

「ねえ、お軽さん。あなたのフルネームを教えてもらえませんか?」
「お軽って、本名じゃない。あだ名なんだ」
「なぜ、そんなあだ名で呼ばれるのです?」
「まず、身が軽い。それと、頭が軽い、口が軽い、尻が軽い。売り値も軽い……とにかく、なんでも軽いからだって」
「いったい誰が、そんな酷いあだ名を?」
 お軽はコホッと咳き込んで、言いよどんだ。触れられたくないらしい。
 モモは話題を変えた。
「ご家族は?」
「いたけど、忘れた」
「生まれは?」
「思い出せない」
 お軽の身の上はなんとなく察せられた。
「すみません。いやなことばかり訊いてしまいました」
「いいよ。みんなに訊かれることだから」

 ここで。
 モモはにわかに、ケダモノたちの様子に違和感をおぼえ、関心をそらされた。
 先ほどまで震えあがっていたと思いきや、なにやら浮き浮きと盛り上がってる感じなのだ。
「これ、食べれないかな?」

 見ると、ケダモノたちは。
 修羅の場と化した宴席の場を、死体だらけの広間をうろつきまわり、あちこちの膳の上で客からついに食されることのなかった料理の皿や椀から、食えそうなものをみつくろっている真っ最中だ。

「うわ、ひでえ。鰻の白蒸し、血を浴びて真っ赤っか」
「こっちの魚は無傷だ」
「あれま。鯛だよ、鯛。おかしら付きの鯛〜」
 キジが何かの肉をついばみながら言う。
「これ、何だろ? 美味いや」
「キジ料理だら」
「クエッ!」
「わ〜お、白酒じゃん。徳利にそっくり残ってる」
 猿がぐびくびやり始めた。

 なんと、残飯を、それも死者たちの食い残しをあさっている。
「おまえら。よくも、そんな真似ができるな」
 モモはお軽のそばを離れ、叱りつけずにいられない。
「死人の食い残したものを貪るとは、墓場荒らしよりあさましい。この桃太郎の家来でいたければ、どんな場合でもプライドを保て」
 だが。
 ケダモノたちはすこしも悪びれなどしない。
 それどころか、ろくな食い物をくれないモモに抗議したいかのようだ。
「いいじゃん。どうせもう食べる人いないんだから、いいじゃん」
「俺ら、今日一日ろくなもの食ってなくて、動き通しでへとへと〜」
「本当なら、俺らも食えたはずのものなんだよ」

 ケダモノたちはまったく、聞き分けがなくなっている。
 モモが何を言っても従わせるのは無理だった。

「そうだ、厨房いこうぜ。厨房!」
 猿が提案する。
「あそこって食い物の宝庫だろ。死んでる人もうるさい人もいないし。うまくすりゃ、出しそこなった料理そっくり残ってたり」
 キジが危ぶんだ。
「厨房どこよ。真っ暗で場所わかんね」
 犬が請けあった。
「よし。おいらが嗅覚で探りあててやる」
 ケダモノたちはわいのわいのと、厨房めざして繰り出していく。
 ゲンキンきわまりない連中である。

 しょうがない奴らだ。モモは忸怩たる思いだった。
 人前に出しても恥ずかしくないよう、ちゃんと躾けたはずなのに。
 こんなザマでは、お軽の前に面目が立てられん。
 と。
 さっきまで休んでいたところにお軽がいない。
 お軽はどうしたと探してみれば……。

 なんと。なんとお軽は――。
 公家の死体に寄り添っている。
 座したまま後ずさりするように追い詰められ、壁に背をもたれた格好で突かれて死んだとおぼしい、その遺骸にだ。
 いや、違う。
 寄り添うようにして、死体の懐に手を入れ、まさぐっている。
 モモには自分の目が信じられなかった。
 そうなのだ。お軽は、死人の懐から物品をあさっているところなのだ。

「お軽さん……」
「あ」
 お軽はまずいところを見られたという感じで、手を止め、向き直った。
「あたし今、何してるように見える?」
「死体の、死体の懐に手をいれ、所持品を……」
「当たり〜。ほら! こうやってカードとか免許証とか個人情報の記されたもの探し出してさ、それ手がかりに、身元を特定してあげようと思って。だって……だって、こんな有様じゃ誰が誰だかわかんないでしょ。なんか可哀想だもん」
「あなたは……あなたは、そういう人だったのですか」
「信じないの?」
「だって……だって……あなたが今、手にしているものは、カードでも身分証でも家族の写真でもない、お金を包んだ懐中紙でしょ、お軽さん」




( 続く )




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