「百キロ超えたデブが豚になる話」
(仮題)


「おまえはあと三キロ太ると、豚になるんだよ」「ブエッ!」

イメージ画像は描画ツール「NovelAI」で制作されました。



 ノブタロウがまた、肥えた。
「97キロだ! 97! 体重百まで、もう一息〜♪」
 おばあさんが小躍りし、メデタイことのようにはやし立てる。
「ひっへっは! あと三キロだ、たった三キロ! おまえはあと三キロ体重が増えると、豚になるんだよ」
「ブエッ!」
 おばあさんのはしゃぎぶりとくらべたノブタロウの顔の深刻なこと。
「豚になったら、と畜場に送られる。つまり殺されるんだからね」
「ブエ、ブエッ!」
「おまえのお父さんも、お祖父さんも、豚になって殺された。だからおまえもきっと、おんなじ末路をたどる。そして、肉をトンカツやソーセージにされてみんなに喰われちゃうんだ」
「ブエッ! ブエッ! ブ……」

 ノブタロウのぶったまげる様子を、おばあさんは虚心に面白がる。
 同情とか心配といった肉親らしい気遣いは見られない。
 無理もないが。まず夫が、さらに二十年後に息子が、それぞれ体重百キロを超えた豚となって解体処理されるというショックが重なり、頭がちょっとばかりイカになってしまったのだ。
 おなじかたちで親族を失うショックの三度目を彼女はもはや、笑いながら受け止めるばかり。


 この国では、体重が百キロを超えた者は人ではなく豚とみなし、と畜場に送り込んで生を終えさせる定めになっていた。
 遺体は解体され、食肉として利用される。
 人肉ではない、すでに正真正銘の豚肉である。
 体重もしくは体脂肪が一定量を超えると体の組成が変異をきたし、細胞レベルで豚へと変貌してしまう。
 生まれる前からすべての者に、そうなるよう遺伝子操作がなされるのだ。
 だから人々は、太らないよう懸命となり節食に励む。
 それで、この国の食糧需給は保たれてきた。
 ノブタロウのように、百キロに迫るほど肥える者は滅多といない。
 多くの人は、体重が80キロ、遅くとも90キロを超えた時点で意を決し、猛烈な、まさに命懸けのダイエットに挑むからだ。

 ノブタロウも実はそうだった。
 体重計の目盛りが75を過ぎた時、これはヤバいと観念した。
「ダイエットしないとダメなんだ」
 真剣な顔で相談する孫に、おばあさんは笑いながらアドバイスしてくれた。
「あのね、炭水化物をいっぱい摂ると、痩せれるよ」
「炭水化物って?」
「山盛りのご飯とか、大皿でスパゲティを何杯も、そんなのばっかり」

 言われた通りにしてみたが。
 ほどなくして、体重は80キロを超えた。
「痩せないよ、おばあちゃん」
「おや、変だね。そうだ。一緒に揚げ物もたくさん食べるといい。トンカツ、唐揚げ、天ぷら、フライドポテト……絶対、痩せるから」

 言われた通りにしてみたが。
 体の重さはみるみる90キロに近づいた。
 健康上も社会生活上も、もはや危険水域だ。
「どうして、こうなっちゃうのかな?」
 彼はまだ、祖母を信じていた。
「う〜ん、どうしてだろう? そうだ、甘いものをたんとお食べ」
 ノブタロウは言われた通り、大量の糖質を摂取した。
 生クリームたっぷりのケーキ、餡子ぎっしりの和菓子、味の濃いクッキーやチョコレート、ドーナツ、アイスクリーム……。
 かくして……。


「どうしてくれるんだ、おばあちゃん」
 ババアはここに及んで、ついに本音をあらわにする。
「ひゃはははは! 騙された、騙された〜♪ わざと太るものばかり食わせてやったのさ」
「このババア!」
 締めあげたかったが、今の体躯ではつかみかかるのも容易じゃない。
 小柄で細身の相手にひょいとかわされる。
 ノブタロウは地響きを轟かせて、前のめりにぶっ倒れた。
 ババアはますます、調子づく。
「ブタ、ブタ、ノブタ〜♪ ノブタがもうすぐブタになる〜♪」
 どうでもいいことだが。
 おばあさんのかすれた、だが翳りのない笑い声にはどこか、昔のロック歌手のキャロル・キングを思わせるところがあった。



†             †             †



 体重が百キロを超えた者は一か所に集められ、最後のチャンスをあたえられる。敗者復活戦というか、人間に戻るための厳しい減量に挑むのだ。
 そこで敗れる、つまり適正体重まで戻れなかった者は人として生きる資格なしとみなされ、食材用に解体されてしまう。



( 続く )




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