「猿の姿、人の心」


わたしは人間だったのです。
猿に姿を変えてからも、女性の裸を見るのがやめられません。

この挿絵はAI描画ツールで制作されたものです。



山中の露天風呂。
わたし以外に誰も人はいない。
周囲では、大勢の野生の猿が無邪気に騒ぎながら湯浴みするばかり。
と。群れの中でひときわ異例な風貌の一匹の猿が目を引いた。
他の猿たちの仲間に加わらず、孤立しているようだが。
なんという清らかに澄んだ瞳。まるで聖人のように高潔で節操をもった顔立ち。
こんな猿がいようとは。
そいつのほうでもこちらを注視している。
しかも。もの言いたげな顔でそばに寄ってくるではないか。
なんと、その猿は人の言葉をしゃべった。

「驚かないでください。わたしは人間だったのです。
近くにある神社で神官を務めていました。
でも、だらしのない神官でした。
清廉に徹さねばならぬ身でありながら、この温泉に湯浴みに来る女性たちの裸をひそかに眺めるのが大好きだったのです。
悪いこととわかっていても、覗くのをやめられませんでした。
ついには、境内の手入れも怠って温泉に入り浸りとなり、女性の裸に魅入って過ごすようになりました。
そして。
とうとう、山の神様の怒りを買う日が来たのです。
神様はわたしの身を、度を越した好色の罰として、このような山猿の姿に変えてしまいました。
以来、余生を猿として生きねばならなくなったのです。
みずからの恥業が招いた苦の報いと受け容れて。
ですが。
ですが……。
猿に姿を変えられても、女性の裸を見たいという欲望は抑えきれません。
不思議なことに、そして有難いことに、温泉で裸になって憩う女性を見ているときだけ、姿は猿でありながら人の心を取り戻せるのです。
そう、人の心。人の姿をしていた頃の心を」

そのとき。
まだ十代とおぼしい、あどけない顔の娘がやって来た。
われわれには気付かぬまま、天然の湯舟に浸かってくつろぎはじめる。
猿に変えられた男は わたしのことなど関心の外に押しやったようで、吸いつけられるように少女の裸身をじっと見つめている。
湯気に包まれた水面から透けて見える美しい乳房や脚部を。
猿の顔は、先ほどまで無欲で清らかだったものが、邪(よこしま)で醜悪な、まるで変質者のような表情へとしだいに変わっていった。
女性の裸を目にし、人だった頃の心を取り戻したのだ。




( 終 )




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