「夏夜の出来事」


2 旅館の怨霊



「俺は……この部屋で……死んだんだ」
 さっきから幽霊がうるさい。
 寝ている耳元でしつこく囁き続けるのだ。
「うるさいな。あたし今、すごい疲れてるの。祟るんなら、他の人の時にしてよね」
 夏夜(なつよ)の学友たちはすっかり固まってしまい、布団にこもったまま動くこともしゃべることもできずに震えるばかり。
 夏夜だけは、いかにもうざそうに、まるで幽霊など相手にするかといった口ぶりで、静かにするよう苦言を呈しているのだ。
 学友たちはいぶかった。
 彼女もしかして、相手が幽霊だとわからないのだろうか?
 また幽霊ときたら、そうした夏夜に執着するかのようにそばから離れようとしない。
 背を向け寝込んだ格好の彼女にいっそう顔を近づけ、ほとんど口づけするほど間近から囁くように呼びかける。
「俺は……この部屋で……死んだんだ……。俺は……この部屋で……死んだんだ……。俺は……この部屋で……死んだんだ……。俺は……この部屋で……死……」

「ああ。もう、やだ!」
 布団の上に起き直った彼女は、浴衣がはだけるのもかまわず、身にしっかり密着させていた抱き枕のような大きな器具をバズーカ砲のようにかまえ、幽霊のほうに向けた。
「うるさい! あたしゃ、この部屋で寝てるんだ!」
 ついで、異様な音が鳴りとどろく。
ヒョルヒョルヒョル!
ズバビーーーーッッム!!

 すさまじい閃光があたりを圧し、恐怖より美しさへの感嘆に我を忘れた頃。
 幽霊は跡形もなく消えてなくなった。
 今度こそ、男はこの部屋で死んだのだ。

 学友らは一斉に起き上がり、灯りをつけた。
 夏夜は電磁収束砲をかまえたまま身じろぎもせず、必殺の快感の余韻に浸っているようだ。


 夏夜がその大きな荷物をキャスターで引きながら駅に来たとき、みんなは彼女がギターを持ってきたのだと思った。
「フォークでも弾き語るの?」
「ううん。ちょっとね」
 夏夜は曖昧に答えた。
 でも。 旅館で 夜になって、 ケースから出してみるとギターなんかじゃない、健康器具のような格好をしており、なんと彼女、それを抱きしめるようにして寝てしまう。
 学友たちはいぶかった。
 夏夜がなぜこんなものを持ってきたのか誰もが不思議がったものだけど、こうして用立てるのを目の当たりにした後では誰もが理由を理解した。

「持ってきてよかった。かさばるけど」
 昂ぶりがおさまると彼女は、バズーカ砲のようなものをしっかりと抱き、横になってまた布団をかぶった。
「あー」
 そうやって夏夜はまた寝込んでしまうかに思われたが。
 旅館の内線電話が鳴った。
 学友の一人が出る。
 そして、寝入ったばかりの夏夜を揺り起こし、夢の世界から連れ戻した。

「夏夜。おじさんが面会だって」
「え? ええっ? なんで、こんな真夜中に?」
「わからないけど、東京から夜通し、車を飛ばしてきたそうよ。すごい緊急の要件なんだって。ロビーで待ってるって言ってた」




( 続く )




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