しりょう たいせん
「霊能大戦」
――死んだら、敵になる!――


               


リマ4



 星空のほか灯りのない暗闇の中、懸命に走った。
 味方はひとりもいなかった。
 ああ、神父さま……。
 ああ、ロザンナ……。
 おばあちゃん!
 奇妙だ。
 こんなときでも、おばあちゃんが助けにきてくれるよう思えてならない。
 おばあちゃんがどうなったか、この目で見たのに。

 いきなり。
 大きなものにぶつかった。
 いや。向こうからぶつかってきたのだ。待ち受けていたかのように。
 細身の少年だったが、リマよりは丈夫だ。
 まるで彼女を抱きとめて、自分のものとするかのように離そうとしない。
 リマは金切り声を上げた。
 相手はさらに強い力で、リマの身を締め付ける。
「声を立てるな」
 誰かわかったとき、リマは別の種類の恐怖に身がすくんだ。
 ホルヘだ!
 暴れても、身をほどけない。
 思いもしなかった。
 ホルヘにこんな力が出せるなんて。
 こんなドスのきいた声で脅せるってことも。
「死にたくなければ、俺といるんだ」

 そのとき。
 教会での生き残りだろうか、一群の人々が走ってきた。
 誰もが死に物狂いの形相だ。
 リマは助けを求めたが、誰もかまってくれずに通り過ぎていく。
 人々の後から、恐るべき死霊の群れが宙をすべるように追ってきた。
 よく見れば、知ってる顔ばっかり。その中におばあちゃんの姿を見つけた。
 おばあちゃん……。
 リマは知らせたかったが、ホルヘに押さえつけられて動けない。
 ホルヘはさらに、リマの口をふさぎ、耳元で囁いた。
気付かれたら、殺される
 おばあちゃんの死霊は、リマがいるのもわからず、彼女の前を過ぎ越していった。
 しばらくして。
 人々が逃げていった方角から阿鼻叫喚の絶叫が轟きわたる。
 そして。
 静かになった。
 え? みんな、殺られちゃったの?
 頼れる人で生きてるのはもう誰もいない……。
 絶望に包まれ、身を支えていられなくなった。
 ホルヘはリマがしゃがみ込むのまで邪魔しなかったが。
 うなだれた肩に背後から手を置くのがわかった。
 反射的に体を動かして振りはらおうとしたけど、手はあくまでリマの身から離れようとしない。
 そのまま、ホルヘもしゃがみ込んできた。
 リマは慣習のように、顔を背けた。
 ホルヘのほうも慣習のように、無視されたまま話し始めた。
「見てたんだ。あいつら、墓場から出てきた」

「みんな、片っ端から殺された。手当たり次第、だれひとり容赦されずに。ところがだ。あいつら、俺だけ無視していきやがる。俺の姿が見えないかのように」
 リマはようやく、口を開いた。
 ホルヘに話しかけるなんて、何年ぶりだろう?
「あんたって嫌われ者だから。きっと、死霊にまでシカトされるのよ」
「違う。俺だけじゃない。俺と一緒にいると、そいつも幽霊から見えなくなるんだよ」
 ホルヘは必死で説明を試みている。
 自分でも信じられないことを信じてもらおうとして。
「さっきがそうだろ。俺に抱きとめられてたから追ってきた奴らにいるのがわからず、おまえは殺されず済んだんだ」

 思えば、ホルヘとこんな長く言葉を交し合うのは幼い頃からひさびさだけど。
 何を言われてもはね付けて応じねばならない気がする。
 ホルヘなんかと一緒にいたくない。今みたいな状況でなければ。今みたいな状況でさえなければ……。
「あんたと一緒だと、こっちまで嫌われ者の仲間になっちゃうってこと? ああ、やだ」

「ロザンナもそう言って、逃げやがった。でも俺から離れた途端、奴らに見つかって。戻ろうとしたが間に合わない。首を飛ばされたんだ、俺の目の前で。あと一歩で、俺と手が触れ合えたのに」
 ホルヘは目に涙をためている。声も涙声だ。
「それでロザンナは……そのあとロザンナは、死んだ体から霊気が立ちのぼってきて、自分も幽霊になっちまった。今度は彼女まで、生きてる連中を襲いはじめた。なんてこった。だけど……だけど俺のことは、すぐそばにいる俺のことはまったくわからないんだ。ほんの少し前には一緒に手をつないでた、この俺が」
 ホルヘはしばらく、うなだれて嗚咽を続けた。
 リマも泣きそうになった。
 ロザンナ……ああ、なんて可哀想なロザンナ。
 リマの意識の中ではなおも、生きていたときのロザンナと死霊になったロザンナとは別の存在だ。いや、別の存在と思いたかった。

「だから俺……俺、おまえにだけは逃げられないよう、強く抑えて離さなかった。おまえを死なせたくないから」
「余計なお世話よ」
 リマは、肩におかれたホルヘの手を邪険に払いのけた。
「自分のことは何とかするからほっといて。マリア様に祈るもの」
 祈っても効き目がないのはわかってたけど。
 思わず口を突いて出た言葉。
 それに。
 さっきはきっと、祈り方が悪かったのかも。
 落ち着いた気持ちでお祈りしないとマリア様に聞いてもらえないんだ。
 リマは前からそうやって祈り、いろんな加護を受けてきたもの。

 お父さんが行方不明になったとき。
 懸命にお祈りしたら。

 

 見つかるはずのない場所で遺体が見つかった。

 お母さんが死にかけたときも。
 マリアさまに必死で祈った。

 

 おかげでお母さんは苦しみ少なく天に召された。
 身寄りをなくしたリマだけど、おばあちゃんに引き取ってもらえた。
 ああ、やさしいおばあちゃん!
 そして、おばあちゃんの具合が悪いとき……。

 

 いいえ。
 いつだって、神様はいつだって、リマを見放したりしない。絶対に。
 今夜も、村の人がみんな殺されたのに、リマだけ生き残らせてくれた!
 リマは愛されてる。
 マリアさまから愛されてるんだ……。
 いつしか彼女は、嗚咽をこらえきれずにしゃくりあげていた。
「リマ」
 ホルヘはまた、しつこく手を伸ばしてくる。
「さわらないで」
「触れ合ってないと、奴らに見つかる」
 彼の物言いも、肩のつかみ方も、さっきよりはやさしくなった。

 どれほどの時がたっただろうか。
 村で生き残った者は誰もいないようだった。
 肩寄せ合ってまんじりともせずにいるリマとホルヘを除いては。
 リマはホルヘとぎごちなくも、おしゃべりするようになっていた。
 ホルヘが相手で共通の話題といったら、死霊やロザンナのことばかり。
 死霊の話なんて、ホルヘよりもいやだ。
 だからもっぱら、ロザンナのことを語り合う。
 生きてるときのロザンナの思い出を。

「あんたがロザンナと墓地にいるとき死霊たちが出てきた、って言ったけど……なぜロザンナとそんなところにいたの?」
「連れ込まれたのさ」
「嘘よ。あんたなんて、あんな嫌われてたのに」
「二人だけじゃない。他に何人もいた。ロザンナの仲間の野郎どもが」
 ホルヘの口の利き方に友だちへの悪意を感じ、リマは不快さをおぼえた。
「知ってるだろ。あいつは自分を崇める奴らに囲まれてた。そいつら引き連れてきて、イチャモンつけたうえ、俺をぐるりと囲ませ袋だたきだ」
 そういう話を聞いても、リマは同情しなかった。
 ホルヘなら当然、としか思えない。きっと何か、失礼な真似をしたのだろう。ものすごく失礼な真似を。
「おまえ、生意気だぞ。ロザンナお嬢さまが通っても無視して、挨拶もしない。無礼な奴めって、因縁つけるんだ」
 リマはやはり、ロザンナの側に同調せざるを得ない。
「そうよ、失礼だわ。ロザンナを無視するなんて。どうして、ちゃんと挨拶しないの?」
 ホルヘは鼻であしらうように笑った。
「あいつはちゃんと挨拶しても、噛みついてくるんだ」

「俺が何をしても文句をつけやがる。何もせずに目が合っただけでも言いがかりのタネさ。しまいには目を合わさないようにしても、無礼だとか抜かすんだから」
「嘘よ。ロザンナはそんなじゃなかった」
「おまえの前ではな」
「絶対、嘘よ」
 夜空は変わらず美しかった。




†             †             †




 全身で朝の光を至福として受け止めながら、夢から覚めた。
 気がつくとリマは、ホルヘにもたれかかって眠っていた。
 とっさに、ガバ! と身を引き離す。
 だが。ホルヘは寝たまま、リマの手をしっかり握り締めてて離さない。
 リマは相手の耳元で苦情を呈して、目覚まし時計の代わりにした。
「ちょっと! 離して! もう死霊はいないのよ! なに、怖がってるの? 手なんかつながなくていいんだから!」

 朝の紫外線は、跳梁をきわめた死霊どもをあちらの世界へと引き上げさせたが、残された生者にとって目を背けたくなる現実をまさしく白日のもとにさらけ出しもした。
 村は全滅していた。
 死体だらけだ。
 手の尽くしようもない。
 リマもホルヘも麻痺した感覚のうちに、場違いにも手をつなぎながら修羅場と化した村の各所を歩きまわり、惨害の様相を眺めやることしかできなかった。
 認めたくない大きな事実があった。
 生き残りは自分たちしかいないのだ。

 やがて。
 疲れきったリマが悄然とするうちに、ホルヘはあちこちの家から食べ物と飲み物を探してきてくれた。
 あんなことが起きた翌朝で食べる気もしないかと思いきや、リマには俄然、貪欲なまでの食欲が湧きおこり、運ばれたものをむさぼるように食べたり飲んだりした。
 食後にお礼でなく、文句を並べたてるのを忘れなかったが。
「なによ、これ? 不味いのばっかり! 村中探し回って、もっとマシなもの見つけられないの?」
「そんなに言うなら、自分で探せよ」
「できないわ。他人の家のものを勝手に持ってくるのは悪いことなのよ」

 さらにホルヘは、どこかからラジオを持ち出してきて聴かせる。
 キャスターの声で救いがもたらされた。
 国中の人が死んだわけではなかったのだ。
 いや。
 全土の、全世界の被害状況を聞くに、この村を見舞ったような絶滅的な被害はむしろ例外で、不意の災厄にもかかわらず驚くほど大勢が生き残り、各所で事態への組織的対応をなし遂げつつあった。
 人間社会はなお機能しており、放送は全地の人々に助け合うよう呼びかけていた。
 ただし。日没後に備えよと念を押してきた。
 夜になれば、奴らはふたたび襲ってくる。

「あいつら、また来るのね」
 リマは心もとなげに、吐息をついた。
 ホルヘはといえば何の支度だろう、集めた食糧や雑貨類を袋に詰め込みはじめた。
「何をする気?」
「とりあえず日が暮れるまでに、ここを出たい」
「それで?」
「首都に行く」
 ホルヘがこともなげに言うので、リマは驚いた。
 首都に行くなんて、彼女には月まで行くような大旅行だ。これまで、近場の町までしか遠出したことがないのに。
「あんたが? 首都に知り合いなんているの?」
「昨日の昼間、手紙が届いたんだ。火星移住団の一員に選ばれたから、俺に首都まで来てほしいって」
 リマは二度びっくりした。
「嘘よ。あんたなんかが選ばれるわけないじゃない。火星って、うんと頭が良くて態度も良くて、体もがっちり出来てないと行かせてもらえないとこなのよ。なのになんで、あんたが」
「知るかよ」
 ホルヘは吐き捨てるように応じた。
「首都にはどうやって?」
「迎えにくるとか書いてあったけど、この騒ぎじゃ来られるわけないから、こっちで行くしかない。歩くんだ。あの山越えて」
「ああ、やだ。毒蛇とか狼とかいっぱいいるんでしょ?」
「山賊とか悪い奴までいないさ。みんな死霊に殺されてる」
「あんたがいるじゃない!」
「おまえ、俺と一緒に来る気かよ」




( 続く )




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