【大戦前夜】
さて。戦争の推移を語る前に、どうしてあの戦争が起こったか、欧州や日本でファシズムを台頭させた原因について、1929年の経済恐慌にまでさかのぼり究明せねばならんのじゃが……。 pic.twitter.com/CHm7K4CVDK
長い話になるでな。
【始まっちゃった、日米戦争】
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太平洋戦争とは、(欧州の大戦と)時を同じくした東半球における国家間の葛藤の総称であり、
ナチドイツと同盟関係にあった大日本帝国が、西洋諸国の植民下におかれた広範な東アジア地域
を取りまとめ、大東亜共栄圏なる自己主導による政治的・経済的な反欧米ブロックを武力的手段で築こうとしつつ、はるかに強大な武力によって挫折させられるまでの一連の軍事的推移を呼ぶ。
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米国、英国、中国、オランダが連携する「ABCD包囲網」で日本に石油や資材が入ってこなくなり、窮地に陥ったからですよね? しかも無理難題な要求が山盛りのハルノートという最後通牒を突きつけられ、短気な軍人たちに牛耳られた日本政府が戦争以外に打開する道はないと判断……。
ここで、キルロイ参上!(Kilroy is here!)
そもそも、合衆国はなぜ日本を経済封鎖したのか? 国際社会の非難に聞く耳なしで中国侵略を続ける日本がついに太平洋にまで進出してきたからだ。合衆国はそれを阻止するために英国やオランダと組み、日本に撤兵を勧告した。インドシナはもちろんだが中国も本来、日本軍の居ていい場所ではない。
ところが日本は逆恨みのように、わが国を不意討ちしてきた。和平交渉で油断させるうちハワイ沖まで遠征させた空母機動部隊によってだ。 アメリカ人にとっての日米開戦とはそういう認識だ。
万歳太郎が乱入してきました
真珠湾攻撃が卑劣なだまし討ち? 騙したのはアメリカのほうだ。ヨーロッパの戦争に介入する口実がほしくて経済封鎖で圧迫、日本から先に手を出させた。しかも日本の暗号は解読され、米国大統領はこちらの開戦意図を知ってたんだ。
これは昭和十六年春刊行の『少年倶楽部』掲載記事だ。子供の雑誌にすら、当時の国民感情が如実にあらわれておろう。 pic.twitter.com/P7S2yZ8du3
当時の人々は、子供でもそう思っていた。
あるいは、子供のようにそう思っていた。
アメリカによる対日封鎖と経済制裁のあらましを記す。
1937年(昭和12年)10月5日 ルーズベルトによる「隔離演説」
1939年(昭和14年)7月 日米通商航海条約破棄を通告
1939年(昭和14年)12月 モラル・エンバーゴ(道義的輸出禁止)として航空機ガソリン製造設備、製造技術の関する権利の輸出を停止するよう通知。
1940年(昭和15年)1月 日米通商航海条約失効
1940年(昭和15年)6月 特殊工作機械等の対日輸出の許可制
1940年(昭和15年)7月 国防強化促進法成立(大統領の輸出品目選定権限)
1940年(昭和15年)7月26日 鉄と日本鉄鋼輸出切削油輸出管理法成立
1940年(昭和15年)8月 石油製品(主にオクタン価87以上の航空用燃料)、航空ガソリン添加用四エチル鉛、鉄・屑鉄の輸出許可制
1940年(昭和15年)同8月 航空機用燃料の西半球以外への全面禁輸
1940年(昭和15年)9月 屑鉄の全面禁輸
1940年(昭和15年)12月 航空機潤滑油製造装置ほか15品目の輸出許可制
1941年(昭和16年)6月 石油の輸出許可制
1941年(昭和16年)7月 日本の在米資産凍結令
1941年(昭和16年)8月 石油の対日全面禁輸
http://ja.wikipedia.org/wiki/ABCD%E5%8C%85%E5%9B%B2%E7%B6%B2
ハルノートは日本の主権を揺るがす強硬な要求だった。 インドのパル判事も東京裁判で、あんなもの突きつけられたら、モナコやルクセンブルクのような小国でさえアメリカと戦ってたと日本を弁護している。
しかも、ハルノートを書いたハリー・ホワイトはソ連のスパイだった。当時、米国大統領の周囲には大勢のソ連側工作員が群がってた。日本はコミンテルンの陰謀に踊らされたんだ。