愛国と法制化



 諸外国の教育の場から自分らの主張を都合よく裏付ける断片だけを拾ってきても仕方がないのではと思う。

 いかにも、アメリカやフランスや中国では、自国の国旗や国歌を大切にしろと教える。
 そしてもちろん、日章旗を掲げた天皇の軍隊の非道ぶりについても教えているのだが、そんなことは「愛国法案」の成立を急ぐ人たちの関心事ではないようだ。

 なるほど、国のシンボルが法制化されぬままなのは日本だけ。
 それで日本がなくなるわけでなし、祖国がそのくらい個性的な国であってもいいではないか。

 いや。日本はすでに、個性的な国なのかもしれない。

 この国ではいまなお、一都市での虐殺をめぐる真偽を云々することで隣国になした大がかりな侵略の免罪に代えようとあがく人々がいて、こうした無体な論法の自己正当化活動はたしかにほかの国には見られぬものだから(どのみち、ほかの国では通用しない。かくも南京にこだわる現代日本の国家主義者たちは、そこを彼らのスターリングラードとなすかもしれない)。

 君が代や日の丸の法制化も、そうした、本物の愛国行為とは別もののヒステリックな、事大主義を好む筋から提議されたとなれば、「国歌斉唱」「国旗掲揚」といった儀式を性急に法制などで強要するべきではない。

 それで日本がよくなるとは思えないし、また法で定めたとしても、いかほどの効き目があるかは疑わしい。
 人々は、その定めを愛さない。



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