「夏夜の出来事」


4 死のトンネル



 同じ頃。
 山中の道を轟音をとどろかせ突っ走る暴走族の一団がある。
 奇声をあげているわけではない。
 彼らといえどもこういう人気のない道では気勢など上げはしない。
 無鉄砲ぶりを見せつけるのは好きだが、だいたい規律を守る連中だった。規律が守れなければ族として体をなさないだろう。
 彼らは、とある小さなトンネルの前で、リーダーの指示により全隊止まれをおこなった。
 まるで廃坑のように古びたトンネルで、内部には灯りすらない。一目するところ、反対側へ抜けられるのかも怪しい。
「おう。肝試ししようぜ、肝試し」

「ここ、出るんだってよ。俺の以前のダチでも、見たって奴が何人もいる」
 リーダーは一同を見回しながら、思わせぶりにほくそ笑む。
「ずっと昔、奥のほうに連れ込まれ輪姦(まわ)されたあげく殺られちまった女がいてな。バイクで走ってると、女の霊が助けて、ってしがみついてくるんだと」
 話を聞くメンバーらは皆、薄ら笑いを浮かべ、面白がるふりで内心を悟られないようにしている。
 ついに我慢できなくなった一人が、オカマのような声色を使い、被害者の真似事をやってみせた。
「おにいさまぁん、たすけてぇん〜♪ わたしぃ、みんなにいじられちゃったの〜♪」
 トンネルの前は俄然、場にそぐわない賑やいだ爆笑で沸きたった。
 笑いがしずまった頃合いで、リーダーが余興のルールを取り決める。
「団体で乗り込んだって面白くねえ。一人ずつだ。一人ずつ通り抜けて、度胸を試す」

「ようし。はじめは俺が行くぜ」
 今さっき、女の声音で笑いをとった若者が打って変わり、暴れ者ぶった威勢の良さで、またがった二輪車とともに進み出た。
「おら、おら、おら!」
 爆音と雄叫びをあげ、仲間の見守る中、まるで殴り込みをかけるような勢いをつけ、単騎で突っ込んでいく暴走野郎。
 しばらくして。
 内部で、強い衝突音と断末魔のような甲高い悲鳴が轟きわたった。

 何事かと色めき立ち、集団でトンネルに入っていく暴走族たち。
 深い暗闇。
 前方に、鬼の目のような二つの光。

 奥では、待ち受けていたように千早勇人(ちはや・はやと)が、制止をうながした。
「止まれ」
 普通の相手だったら、彼らは止まらないだろう。スピードすら落とさずに、立ちつくす傍らを通り過ぎていたかもしれなかった。
 暴走族をして千早の前に停留させたのは、あまりに異様に見えたからだ。
 電磁収束砲を杭のように両肩に通し、険悪な形相でほくそ笑む姿は金棒かついだ鬼のようでもあった。
「きみらを待ってた」
「なんだよ、おまえは?」「通せんぼしてんじゃねえ。轢っ殺すぞ」
「ちょっと実験をしたいんだ。協力してくれないか」
「俺らに頼みごとだと?」「なんかの勧誘じゃねえだろな?」
「そこにいる若者は協力してくれたがね」
 千早が指し示す暗がりには最前、真っ先に飛び込んで事故ったと思われた糸口青年がたたずんでいる。
「糸口。おまえ、無事だったか」「じゃ、そいつは誰なんだよ」「糸口と同じバイクだぜ」
 たしかに。千早の後方で横転する二輪車は糸口青年が乗っていたのと同型だ。そばには人が転がっている。身動きしない。生きているのか死んでいるのか、暗いこともあり姿までは判別できない。


「すこし前に、タクシーやトラックも通ったが、やり過ごした。社会の仕組みを乱すわけにいかんだろ。でもきみらだったら、ちょうどいい」
「どこが、ちょうどいいって?」
 千早は極悪そうにほくそ笑んだ。
「この世から無くなっても困らない」
「なんだ、てめえ。エラそうに」「自分はセレブかビップかよ」「こう見えても昼間は働いてんだ」「おらは妻子もちだで」

「きみらが普通の人々なのは、知ってるよ。バイクなんか飛ばして規則破りに快感をあじわうのは、本心では規則を尊重し権威に逆らえないからだ。ようするに、たいしたワルじゃない。ちょうどいいとはそういう意味さ」
「おめえ、イラつく奴だな」

「さて。このトンネルの中はいま、電磁転写砲の影響で諸要素が活性化している。ちょっとした衝撃でたちまち離脱体が形成される状態だ」
「おまえ、何いってんだよ」「わかるよう話せよ」
「わかりやすく言えばだ……これから全員、幽霊になってもらう」
 一瞬おいて。トンネルの中を多数の嘲りに満ちた哄笑が協和しあう反響がこだました。
 それを皮切りに暴走族らは、千早への優越的な敵意をあらわにする挙に出た。
「そっちこそ、オシャカになっちまえ」「もう許さねえ。てめえは俺らを笑わせた」「おら、どけ、どけ! ペシャンコにしちまうぞ!」「ほれ、幽霊にしてみれ」
 バルルルル……
 ヒョルヒョルヒョルヒョル……
 ズババビビーーーーッッ!




( 続く )




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