子供に見せない、読ませない
「シンデレラ殺人事件」


その1   一体(の続き)



 夜。
 礼装に着替えた身で、国王主催の夜会へと出向くメロドランドとヘルペスであるが。
 ヘルペスには他の招待客の出で立ちの立派なこと、華やかなこととくらべ、自分の身なりに引け目が感じられてならなかった。
「ああ……こんな晴れの場に古着で出てきたなんて」
 傍らのメロドランドに聞かせるでもなくつぶやいた言葉なのに、たちまち応酬を受けた。
「礼服が仕立てられるだけの給与は出したはずだがね。どこで使った?」
「ノーテン・パーテンの賭博場に寄付を。上物を十着でも特注できるほど見返りがあると思ったんですが」
「やれやれ」
 誰もヘルペスの服装など気に止めないのは救いといえた。

 両側に等間隔で配された衛兵がかためる通路の絨毯を踏みしめながら、前後を貴族や富裕者の男女にはさまれた長蛇の列の一部となって動き、メロドランドとヘルペスは恵まれた人々で賑わう大広間に足を踏み入れた。
 シャンデリアに灯された無数の蝋燭の灯によって昼と見まがうほど灼然と、まばゆいまでに照らし出された特権階級の社交の場。
 あまりの煌びやかさにヘルペスは嘆息するしかない。
 すげえなあ。今あのシャンデリアがひとつでも落ちたなら、下敷きになって何人死ぬだろう。
 シンデレラが初めて踊った舞踏会の賑わいもかくやと思わせる壮観さ。
 豪奢という言葉がこれほど似合う場面も他にあるまい。
 足りないものがあるとすれば、まさにシンデレラだけ。
 主役の欠けた祭典をみなで祝っているかのようだ。

 いましも廷臣が、高名な招待者の来着を高々と告げた。
「犯罪捜査学の国際的権威アルフィオラス・メロドランド博士おなり〜〜」
 むろんのこと、随員であるヘルペスの名は省略され読み上げられない。
 そう、読み上げられない。
 むろんのこと。
「シンデレラは男性のエスコートなしでよく広間に通されましたね、先生。名前と身分も厳重にチェックされたはずなのに」
 ヘルペスは素人くさい疑問を繰り出して、伝承の不自然な点を片端から突っついた。
「それにこれだけ人でごった返したら、シンデレラなんか埋もれてしまうのでは。王子が彼女に一目惚れできたのが不思議でなりません」
「伝承では、馬車から降りたシンデレラの美しさに感嘆した皇太子じきじきに彼女を広間へと案内したことになっている」
 なるほど、うまく出来てるとヘルペスは合点した。
 疑問を付け入らせる隙がない。

 しかし。衛兵ってどうしてこう、みんなが同じような顔をしてるのかな。
 まるで埒外のことや細部にばかり気を回すヘルペスだが、こんなだからいつまでもメロドランドの助手に甘んじるしかないのかもしれない。
 お揃いの鎧に身を固めたうえヘルメットを目深にかぶったせいもあろうが、ちょっと見では誰が誰やら判別が困難な気がした。
 誰も彼も、真面目くさったというか、毅然とした態度でたたずんでるし。
 そんな中、広間の片隅に配された兵の中で特例的に、手でも振りかねないほどの勢いで笑いかけ、旧知への親しみを見せた者がいる。
 誰かと思えば、あのスケベな番兵。
 してみると。
 一様な無表情を顔に張り付けた他の兵たちも正体はあいつと変わらぬスケベでくだけた奴ってことか。
 それともやはり、あの番兵だけ特別に兵隊の出来が規格はずれなのか。
 ヘルペスはうっかり、笑顔で手を振って挨拶を返してしまったが、国王から招かれるような者と一介の兵士が人間的なふれ合いを見せるのは禁止というほどではないが、宮廷人の仕来たりからすればあり得ないほど奇異に見られることだったらしい。
 現にくだんの番兵も今度は周囲の目を気にしたのか、表情を殺した似合わぬ態度で軽く会釈を返しただけである。



女官長マンナ・ハープル。
このリアル画像はAI描画ジェネレーターで制作されました。
アニメ風に描かれた別キャラのイメージ画とかみ合わないところはありますが、
そこはご容赦を。



 さて。そうするうち。
 メロドランドたちを、宮廷女官長のマンナ=アナドリア・ハープルがきわめて儀礼的な笑顔で迎えた。
 地位不相応の若さながら、地位相応に美しい女性。
 女官長みずからによる歓待の栄に浴するのもメロドランドが著名人なればこそだ。
 彼女ははじめに、メロドランドの過去の犯罪捜査での業績を称えたが、メロドランド本人には聞き飽きたお世辞の羅列にすぎず、儀礼的な言葉の重ね合わせで返事に代えられる退屈なものだった。
 ヘルペスに対しては主人に引っ付いてきた従僕(しもべ)といった扱いだ。
 腹をすかせた犬でもあしらうみたいに、けれどもあくまで典雅な対応で、御馳走の並べられた大テーブルを指し示す。
 ヘルペスには目を見張るほどの驚異。
「すごい。クライナ料理にパイデルン料理、バラリア料理にエッヘン料理、ニタリア料理まで……欧州料理のオンパレード」

 若い助手をそうやって心だけが欠けた歓待にあずからせると、マンナ・ハープルはメロドランドを会場の片隅に伴っていき、いかにも秘めやかな話への同調を求める顔で本題を切り出した。

「シンデレラが魔女だとわかった件ですが…… 内密にしていただけないでしょうか。欺かれてのこととはいえ、魔女を皇太子さまの許嫁にしたとあっては王室の名誉にかかわることなので」
 これはまた、えらく性急にシンデレラを魔女と決め付けたものだな。
 メロドランドですら彼女が魔女なのか、判断しかねているというのに。女官長の言い草はまるで是非ともそうあってほしいかのようだ。
 メロドランドは実際のことだけを語った。
「魔女に多く見られる痕跡が遺体に認められたというだけで、魔女だと決まったわけではありません。それに、シンデレラは処女のままでした」
「それが、なにか?」
「シンデレラが悪魔に魂を売り渡したとすれば、処女を守り通すとは腑に落ちないのです」

「御存じかもしれませんが、処女というのは魔力の前に強い防御力を発揮する存在です。これは童貞でも変わりありません。天上から発せられた光を受け止め、強く反射して周囲を照らしだす。彼らに地上に満ちていられると闇の支配者(Prince of Darkness)にとって具合が悪い。だからこそ悪魔は甘言で誘い込み、年頃の少年少女から貞操を奪おうとする」
 マンナは宗教的・倫理的になり過ぎたメロドランドの語りを世間話の枠へと収めようとした。
「まあまあ。メロドランド博士がそうまで信心深い方とは思いませんでしたわ。合理にもとづく犯罪捜査で成果をお上げになったからにはもっと開けたご認識をお持ちかと……」
「合理的に考えてそうなのです」

「それとひとつ。今回の件の本質にかかわることですが」
 メロドランドは問い詰めるように顔を寄せた。
「わたしは殺人事件を解決するため招かれました。しかるにこのケースはまことに奇異です。殺されるところを見た者が誰もいない。被害者にはなんの外傷も見つからない。いったいなぜ、殺人とわかったのでしょう?」
 マンナは慣れているのか、男の顔が迫ってもまるで動じない。
「悲鳴が聞こえたからです、断末魔のように壮絶な。それより前には、若い女性が慄いて命乞いする声がして……これは大変と思い、衛兵を呼んだところでした」
「それで駆けつけてみたら、彼女がああいう死に方をしていた……」
「さようでございます」
「レディ。若い娘が突然、満面に笑みを浮かべ死因もわからず逝ってしまう。そうした出来事はこの城内ではよく起こるのですか?」
「滅相もない。当城中では長きにわたり平穏が保たれてきました。先代の国王陛下の御世から刃傷沙汰など絶えてなかったこと。思いもしませんでした。今日という日に、このお城であんな恥ずかしいことが起こるなんて」
 マンナは「恐ろしいこと」ではなく、「恥ずかしいこと」と言ったのだ。
 たしかに、そう言った。
 あんな時、あんな所で、あんな死に方をされ、迷惑きわまりないとの本音があらわれた物言いだ。
 これが宮廷を代表する見解かとメロドランドはいぶかった。

「自殺なのか他殺なのかもわからない。事故死かもしれません。とにかく、何がどうなっているのかさっぱりわからぬ有様でした。侍従長らと相談しているとき、名推理で誉れ高いメロドランド博士が遠からぬ保養地のノーテン・パーテンにご滞在と知り、博士にお任せしてはということになった次第です」
「わたしはシンデレラが殺されたと聞いていたのですが。死因も判明しない時点では、不審死と呼ぶべきではないでしょうか」
「その点についてはご容赦ください。はじめから殺人事件として印象付けなければ来ていただけないのではと案じたからです」
「本件の捜査にわたしを引っ張り出すことがどうしても必要だったのですか?」
「ノーテン・パーテンで保養を楽しまれるほうがよろしかったでしょうか?」
「とんでもない。二週間も何も起こらず、飽き飽きしていたところです。あれだけ各地から人が集まるところなら何か事件が起こるはずと見込んだのですが、はずされ通しでした。そこへ意外なところから大当たりの籤が舞い込んだ。ほんとうに、退屈から解放してくれたシンデレラには丁重な謝辞を捧げまつりたい」
「シンデレラも喜ぶでしょう」

「ところで、レディ」
 メロドランドは、       。
「この国では自殺した者は墓地に埋葬できない定めと聞きましたが。よもや、わたしの関与を箔付けに、自殺かもわからぬ案件を殺害として処理なさるおつもりではありますまい」
「お疑いになるのですか? シンデレラの死が殺害によるものではないと」
「とんでもない。まごうかたなき殺害でしょう。確信を深めました(確信が深まりました)。多すぎるほど多くの方々にシンデレラを亡き者にしようとの動機が揃っている」
「それは大変。容疑者はいかほどの数ですの?」
「お城の中にいた者はすべて疑わしい」
「まあ。では、わたくしもその中に?」
「すべてというのは冗談です。本当に怪しいのは、二、三人程度でしょう。あなたのほかにもう一人か二人」
「ふふふ……あはははは!」
 メロドランドがニヤリとするのを受け、マンナは高らかに笑った。
 生真面目な態度で軽口を叩く相手のやり方をたちまち理解したようだ。
 それは見かけも態度も異なるように思えたたがい同士が根底では同族なのを確認し合ったときの共鳴反応でもあった。


「たとえば、わたしたちには足りないものがひとつずつあります」
 マンナは面白そうに声をひそめた。
まあま。たがいに寄り添って欠けたものを補い合おうという例のお誘い?
「わたしたちに欠けたものとはたがいの伴侶です、レディ。だからといって、あなたとわたしが組めばよいというものではないでしょう。(まさに、)それとおなじです」


「まあ。わたくしのような罪をきわめ過ぎた女ではもはや救いようがないということでしょうか。おほほほ……)」
 マンナは気品をもって、艶やかに笑った。


「悪魔にとって彼女は邪魔な存在だった。この国に君臨したくともシンデレラが処女のままでは都合が悪い。王子と結婚されてしまう。そこで。婚礼の日までに、彼女の処女性を喪失させねばならなかった。たとえ強引なやり方であっても。彼女が処女でないと判明すればお妃の資格を失くしてしまうから」

「けれどもシンデレラの死によってその目論見がかなわなくなった。一体どんな死に方をしたのかそこがポイントです。おそらく彼女はレイプされ処女を奪われるより先に、みずから死を選んだのかもしれない。処女でなくするだけなら死体を姦すという手もあったが、それも出来ないようなかたちで」

 マンナ・ハープルの態度がしだいに変わってきた。
 メロドランドの言う「悪魔」が何を指すか分かってきたからだ。
 だがメロドランドは悪魔の正体を明かさずに話を打ち切った。
「(とはいえ)もはや、シンデレラが処女であるかなど些末なことではありますが。彼女は命そのものを失ったのですから」


 語り過ぎることを避けたかったのかマンナは儀礼的な会話のやり取りを満たす頃合いを見計らうように、メロドランドに暇を告げた。
「どうぞ御くつろぎください。国王陛下もまもなく、お見えになります」



 さて。ヘルペスだ。
 御馳走の並べられた長テーブルの前に陣取るようにして欧州大陸の味の周遊を楽しんでいた。
 メロドランドが女官長マンナ・ハープルとの会話から手掛かりを引き出す間にも、飲食で口を動かすことしか念頭になかったらしいが。
 彼は餓死しかけたことがあり、いきおい食べることへの執着は異常なくらい強かった。
 幼少期を不断の栄養失調の中で送ったせいか、小柄で体格も弱々しく、歯の状態も酷いものだ。
 こんなだから颯爽として見えるどころか、頼りなさそうで仕方がない。
 そこが庇護欲をそそるのか、あるいは加虐性を刺激していじり倒したくなるからか、女性の目をけっこう惹きつけてきた経緯があった。
 (当人は男性的魅力のゆえと誤解しているが)

 果たして。
 ヘルペスの姿を認めるや、女官たちは群れて噂話に花を咲かせた。
「ねえ、御存じ? あの若い人、一度も 勃起 したことないんですって」
「嘘でしょ? そんな殿方、いるのかしら」
「ほんとよ〜。御本人の口から言うのを聞いちゃったんだから。むきになって叫んでるところを。ぼくは一度も 勃起 したことはない! ですって」
 おほほほほほほほ……!!!
「あ〜ら、やだ〜」「ダイタ〜ン!」「大声で言いふらすなんて。よほどの強者(つわもの)か、よほど倒錯したご趣味なのか」「後のほうだったらタイヘン。気を付けないと」

 群れ騒ぐ女官たちの会話は半分は周囲に聞かせるためであり、むろんヘルペスの耳にも入った。
 その瞬間、顔から血の気が引き、次には頬が真赤に紅潮してくる。
 おいおい。ぼくは犯人を捕らえるほうだぞ。
 気を付けられるほうじゃない。
 ヘルペスは嘆息した。
 すっかり間違った情報が行き渡ってしまった。
 娘たちの輪に割り入って、真相はこれこれこうだと意見するわけにもいかず、忸怩たる思いである。
 ババアのせいだ。
「死体を見て、勃起してるだろ? ヒヒヒヒ……」
 あの死姦ババア!
 あいつめ、今度会ったら……。
 でも不思議だ。
 お城には警備の兵がいて、不審者は詰問される。
 あんな怪しげな風体でよく城内にいられたな。
 いったい、何者なんだ?

 いや、考えたって仕方ない。一文の得にもなるもんじゃなし。
 ヘルペスは醜い老婆のことを頭から振り払い、ずっと魅力あるものに目を向けた。
 若々しく活気に満ちた肉体を華やいだ衣装に包んだ、育ちのいい娘たち。
 それにしても。ヤバいほどの美人揃いだな、王宮の女官ってのは。
 先生の話では、貴族の出自でなければ宮廷勤めできないらしいけど。




 ところで。娘たちはけっしてヘルペスを嫌っているのではない。
 むしろ新顔ということもあって興味津々、あれこれ詮索するうち、しだいに共有の愛玩物とみなして愛着に似た感情を示すようになってきた。
「でも、おとなしそう」「純真できれいな目をしてる」「きっと、女性と触れ合う機会がなかったのね」「なんだか、かわいそう」
 そのうちに。
 一人が声をひそめ、タイヘンなことを言い出した。
「ねえ。立つか立たないか、確かめてみない?」
「どうやって?」
「みんなで待ち伏せして取り囲んで、ズボンをおろしちゃうの。それからね……」
 娘たちの輪が俄然、秘密を囁き合うように縮まっていく。
 ひそひそひそひそ……。
 きゃっ! きゃっ! きゃっ!

 若い女官たちのひそめ声が届かないヘルペスの位置からは、彼女らががなにやら猥雑そうな話で盛り上がっているのがわかるだけ。
 よもやそれが、自分を狙った強姦の企てとは思いもよらない。

 娘たちの犯行計画はだいぶ煮詰まってきたようである。
「……それで、やさしく舐めまわしてあげるのよ。メッチェン、あなたの得意技じゃない」
「そうそう。きっと大声で叫ぶわよ。わ〜お、初めて勃起しちゃったぞ〜〜! って」
「きゃははははは!!」

 しかし。
 話だけ聞いてると、宮廷の淑女も中身は町の娼婦と変わらんよな。
 と。近くの持ち場で耳目をそばだてながら番兵は思った。
 (あの番兵である)
 警護の兵は城内いたる所に配されており、いて当たり前の存在だったから娘たちも気兼ねなどしなかったのだ。
 あの大先生の助手ときたら、無邪気な顔で喰ってばかりいやがるけど。身にヤバイこと迫ってるの知らせてやらにゃいかんかな。
 ここの娘(ねえや)たち、話だけじゃなく、ほんとにやるから。



( 続く )




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