日本映画のことになると、口が険しくなります
(邦画余話)




 当サイト管理人は日本映画のことになると、口が険しくなります。
 それは、子供の頃からテレビや劇場で、退屈な邦画、暗い邦画、きたない邦画、わからない邦画ばかり見せられて育ったことが動機となった拒絶反応、そして復讐心からくるものですが(笑)、TANU2さんのおっしゃる理屈――どの国の映画でも大部分はクズ――であれば、快くない日本映画ばかりが身辺に満ち満ちていたのは、まあ仕方がないことなのでしょう。

 それにしても、自分の国の映画でやたらとつまらないのが目に付くのは許せないってところがありませんか?
 ほとんどの制作現場では予算的に苦労多しのようですが、むべなるかなで、日本は政府の助成が乏しいし、ビデオ市場が加わったとはいえ、マーケットとしての規模は小さいまま。
 国内でだけ見せて経費を回収しようとするなら、はじめからかなりの縮小守備を強いられます(制作費を取り戻すことは重要です。制作費がなければ、次の映画がつくれません!)。
 そうした辛苦の結晶が劇場公開されても、同じ国の若者の大多数から、「なんだ、邦画じゃつまんねえよ」でソッポを向かれるとすれば、こんな割が合わない話はありませんよね。
 そうして再び、苦しい映画づくりに挑み、同じ評価を頂戴するという悪循環を繰りかえす。
 わかりきったことなら、なぜ海外市場も採算に入れたやり方に向きを転じないのか納得できない面はあります。
 マーケットを広げた分、より良い制作条件を確保し、次回作をより納得いくような出来に仕上げる。そうやって、100のうち99といわれるクズ作品のパーセンテージを、90にでも80にでも減らしていってくれたら……。

 合作の推進は、資金繰りに悩める人間として当然の選択肢と思われるのですが、なぜか日本の映画人は海外との提携を進めるのに積極的ではないようです。
 聞いた話なので事実かは確定できませんが、以前、「夜叉ヶ池」というものすごい愚作がつくられ、よせばいいのに東宝は、それをハリウッドに売ろうとして、大々的なプレミアをやったらしいのです。
 招かれたフランシス・コッポラが映画を見て一言、「日本映画は滅亡した」。

 あまりにも多くの日本の映画作家が自作を国内でしか見せたがらないのは、もしかしたら、恥かしい出来の映画を海外で封切りして外人から酷評されることに耐える自信がないからなのでしょうか?