「霊能笑戦」2


         

このイメージ画像は、描画メーカー「NovelAI」で制作されました。



「その人……名前なんていうの?」
「高徳仁斎って人だよ」

 高徳仁斎(こうとく・じんさい)。
 なんという立派な御名であろうか。



「生きて帰ってこないでいいからね。立派に悪魔と戦うんだよ」
(逃げてきたら承知しないよ。おまえを十何年もかけて仕込んだのが(そっくり)無駄になっちまう )
 母は別れ際に、なんの(抑揚)(感激)(感慨)もない声(語り口)でそう言ったが(言いはしたが)。
 その眼(目)には涙が光っていた。
 母が泣くような人とは思いもしなかった。
 父が逝った夜でさえ、衆目(弔問客)の前で(を   もせず)柄にもないお笑いを取ろうとした人だったのに。


(前座) 鬼快ヶ島 霊笑館 仁斎 笑いの仲間 (笑遊館)(遊笑館) 高徳の笑霊(高徳霊園) 悪魔の子 組長(選挙) (後座) (真打)


 鬼快ヶ島(きかいがしま)に着いてみると(来てみれば)。
 思ったほど最果てなところではない。
 ちゃんと人が住んでいた。
 店もある。猫もいる。ゴミも出る。墓所もある。
 でもそれは小さな港の近辺にかぎられる。

 しかもこの港は起点にすぎない。
 ここからさらに、目的地の霊笑館に向かうのだが。
 どうやって行ったらいいのかわからない。
 バスもタクシーもない。
 村人に訊ねたら、こんな教え方をする。
「霊笑館? ああ、この林の中をまっすぐ行けば、見えてくるよ。運が良ければな」
 のっけから、行くには非常な難儀を強いられる場所だと思い知らされた。
 覚悟はしてたけど。
 だいたい、村人の言う「林の中」って密林のことなのだ。
 亜熱帯のジャングルである。
 道なんてない。
 膝の高さまである草叢を踏みしめて進むしかない。
 ひへ〜〜っ。
 いや、覚悟はしてたけど。
 覚悟の度合いがあまかった。
 どこまで行っても、周囲の景色は変わらない。美しいが鬱陶しい熱帯雨林が果てもなく続くだけ。
 そのうちに不安が頭をもたげてきた。
 これは道に迷ったかな(迷ったのかな)。
 (昼なお暗いというほどじゃないが、)密林の中でも届く日差しはまぶしいほどだが、この分じゃ、暗くなっても霊笑館にたどり着けそうにない。
 やだ、このジャングル。
 いや、覚悟……覚悟なんかもう、真っ平だ。
 逃げ帰ろうか。
 すでに遅い。ここで引き返しても、今度は港まで戻れそうにない。
 どこまでも続く道なき密林の中を行き倒れるまでさ迷い歩くハメになりそう。
 だけど、このまま進んだって霊笑館には着きそうにないし……。
 そもそも、進んでいるのだろうか?
 なんだかさっきから、おなじところをグルグルめぐってるような気がする。
 ってことは……。
 やべえ。俺、迷子になっちゃった。
 遭難しちゃうじゃん。
 これって、絶望的状況?
 初めてだよ、こんなの〜。
 どうしたらいいかわからなくなった、まさにそのとき。
 周囲を取り巻く緑一色なものと違う、鮮やかな色彩感をもって動く存在が視界に入った。
 少女。
、  鮮やかな極彩色の軽装に身を包んだ、自分と同年代の少女がいる。
 向こうも寄席也に気付くと、ハッとした顔になった。
 当て所もなく歩くうちにいきなり出くわしたといった風だ。
 向こうが、先んじて声をかけてきた。
「あのぅ……地元の人ですか?」
「あいにくだけど(……)」
「それじゃ(……)(もしかして)……)霊笑館ってご存知ありません(か)?」
「ぼくも探してたところです」

   よく見ると、少女の後には大勢の若者が付き従うように列を作っている。
 なんで、こんな大勢……。

 実は彼らも、笑いの特訓を受けるため送り込まれた少年少女なのである。
 ジンサイに師事するのは寄席也だけではなかった。
 悪魔から世を守るべく日本中から選り抜かれた笑いの精鋭が集結したのだ。
 ところが。
 まず、集合場所である霊笑館がどこにあるのかわからない。
 そこでは彼らを受け入れるための      が用意されているはずだった。

 若者たち(少年たち少女たち)は密林に踏み入って目当ての建物を探すうち、迷子になった同士で行き合うのを重ね、群れなしてしまったというわけだ。
 大勢で群れ合っても、迷子の身に変わりはないわけだが。

「ダメだ。さっきからグルグルマップ、ぜんぜん使えない」
 グルグル・マップだって?
 訊けば、通信衛星とつながったGSPなるもので使う人の位置情報を割り出し、目的地までの道順を表示してくれる機能だという。
 それを高校生くらいの若者が当たり前に利用している。

 スマートフォンなるものとは寄席也は縁がなかった。
 ガラケーも、ポケベルさえも買ってもらえなかったのだ。
「ぼくも携帯電話ほしいよ。クラスじゃみんな持ってるんだ」
「そんな役に立たないの持ったってしょうがないだろ。悪魔にケイタイが通じるもんかね」
 母は例の調子だったし。父も父で、 「携帯なんかやるヒマあったら、ネタを作れ」というのが口癖で、言葉の通りに寄席也をしごき抜いた。

 しかし、スマホなるもの。
 テレビも見れる。ゲームもできる。
 昔のSF漫画にすら望めなかったものすごい機能が手帳並みの小機器に内蔵されてるなんて。
 いつの間に、文明はここまで進んだのだろう。
 寄席也は自分が大昔からタイムスリップしてきたような気になった。

 それほど文明の恩恵に浴しながら、ジャングルで道に迷ったらなす術もないなんて。

「変だな」
 グルグル・マップで見ても、この密林の中だけ空白になっている。

 歩くうちに理由がわかった。
「ああっ!」「きゃーーっ!」「グルグルの測量車が!」
 車体にグルグル社の社章の付いた測量車が横転(横倒しで    )、乗っていた測量員たちが白骨と化している。
 道に迷い、行き倒れた(のたれ死んだ)といった案配だ。


「だいたい、なんでこんなジャングルの奥にあるんだよ」
「そうよね。もっと快適な場所にあってくれても。海辺とか景色のきれいな丘の上とか」

 (そうするうち。)
 ついに、ついに霊笑館にたどり着く。
 というか。
 なんだか遺跡のような廃墟があると思ったら、それが霊笑館だったのだ。
 アンコールワットの遺跡を見つけ出した探検隊(調査隊)がこうだったのだろうか。
 (霊笑館は鬱蒼と生い茂る密林の中にあった。)
 荒れ果てて(廃屋同然)になった建造物。
 聞きしにまさる。
 (そびえ立ってというか、崩れかけていた。)
 母は(この建物(のこと)を)「ボロッボロ」と形容したが(してのけたが)。
 粗末どころか壮絶そのものの外様(外観)であった。
「まるで地獄の黙示録だぜ」
「出迎えはないのかよ?」
(「(なんだか、)地獄からお迎えが来そうな(建物)(ところ)だよな」)

「あ。出てきた、出てきた」
 人が住んでいるとはとうてい思えぬ建物(場所)から人が現われた。
 人とは思えぬ何ものかが。
「やだ、変なジイさん」

 その老人はものも言わず、みんなにこっちへ来るよう手招きする。
「行くかよ」
 とって食われるとは思えないが、一同をして近づくのを逡巡させるような名状しがたい雰囲気を漂わせていたのは否めない。

 (ジイさんではない。)
 (ジンサイであった。)
 ジンサイが現れた。
 というか。
「おい、ジイさん」
 老人を使用人かと思った若者が、お客様のようにエラぶった口ぶりで主(あるじ)の居場所を訊いたところ、それがジンサイだったのだ(というわけだ)。
 ジンサイは恨みを根にもつ顔をしていたが、見かけどおりの性格だった。
 以後、その生徒はジンサイからいびり通されるハメになる。


 ともあれ、老人が霊笑館の総代とわかった途端。
 若者らはジンサイを取り巻いて、口々に抗議をはじめる。
「あんまりじゃないですか。港で出迎えもないなんて」
「どうして、こんな密林の中を案内もなく歩かせるんですか?」
「そうですよ。道もない、標識もない。迷ってのたれて死んだらどうします?」
 誰もが思い知るのだが。
 ジンサイの怖さをわからないうちだから、これだけまくし立てられたのだ。
 (事実、)ジンサイはまったく動じなかった。
「心配はしとらん。(ておるのだが)毎度、一人か二人は行方不明になりおるが。大多数の者は生きてたどり着けるからの」
「行方不明になった人たち……見つかったんですか?」
「見つかる場合もある。たとえば、今じゃが」
「見つかった? どこで?」
「おぬしの尻の下におる」
「?」
 何気に足元(地面)(自分の座った(すわった)場所)に目をやって、悲鳴をあげる   。
 彼女は、いかにものたれ死にしたという姿で地面に横たわる骸骨の上に座り込んでいたのである。
 うんぎゃーーーっ!!
 恐慌状態を呈する少年少女たち。
「こんなの、いやーーっ!」「いやなら、逃げねば!」「いたら死んでしまう」
「落ち着け、皆の衆」
 ジンサイはしゃがれ声を張り上げ、一同を制する。
「ここから易々(やすやす)とは逃げれんぞ。歩いて来たからわかっておろう? この密林の中、見晴しは最悪、磁気が強うて磁石も効かず電波も届かん。グルグルの測量隊ですら迷い死ぬんじゃからの。帰ったら、死んでしまう」
 帰ったら、死んでしまう。
 なんという絶望的な言葉だろう。
 これでは、霊笑館に留まるしかあるまい。


「おぬしらは遊びに来たのではない。やがて来たる悪魔との闘争に身を捧げるため選ばれた面子のはず。その悪魔から世を救おうという者が密林で迷ったくらいで音を上げ、行き倒れを見ただけで狼狽えるとはなんたるザマじゃ」


「この霊笑館、メシは不味いし寝床は粗末、遊べる場所などどこにもないが。ひとつ際立ったものがある。それはわれ(わし)高徳仁斎がすべてを仕切っておることじゃ」
 つまり。
 いいものは何もない。



高徳仁斎(こうとく・じんさい)
神さい刃さい陣さいじん才じん祭<>br キクチ・ジンサイ
アリガタヤ(ありがた屋)の寄席也
幸多ジャレ(こうだ・じゃれ)
ジョー公文(じょー・くもん)



 霊笑館に集められたのは、芸人の血筋か芸能関係者の身内という、代々にわたり笑いのDNAを受け継いだり実地に業界の空気を吸ってきたという者ばかりだった。

三唱亭萬代(さんしょうてい・まんだい)の息子曼荼夢(まんだむ)
「俺のオヤジは二流どころの落語家さ。三唱亭萬代(さんしょうてい・まんだい)っていうんだが」
 とくに自慢する風もなく、さらりと言ってのける。
「え? あの有名な?」
「有名かな? 元禄期から連綿と続くだけの、しょせんは芸人一家の末裔にすぎんよ」

「あたし……講談師のワカシに師事してたの」
「すげー! あの歌って笑わせる音響芸人の?」
 あっぱれな替え歌で笑いをとる「音の出る芸人カゾ・ワカシ」。その名はこれまた、誰もが知っていた。
「そうそう。ここに来れたのも、ワカシ師匠の推薦のおかげ。試験なんて受けなかった。ちょっとチートでしょ?」
 幸多ジャレはそう言うが。
 そもそも才能がなければ弟子入りは無理だし、まして、かかる人選に推挙などされないのは誰にでもわかることだった。

 そうした中で両親ともに無名、由緒ある芸人の家柄でもなければコネもなく、したがってどこの馬の骨かわからないという寄席也は異彩である。
 話せることは何もなかったが。
 ざわめきの中、黙したままでいるところに興味を惹かれたらしい。愛情児(まな・じょうじ)がそばに来て、訊かれたくないことを問うてきた。
「きみのお父さんはなんの芸人?」
「オヤジは……舞台になんて立たなかった」
「すると、ギャグ作家?」
「それがね……自分じゃ誰も笑わせなかった」
「なるほど、興行師か? あれ、違うの? ひょっとして……芸能プロの社長さん?」
「………………」
「うちのパパがそうや。どれだけの芸人を世間に出しとるかわからへんねん」
 いきなり。グラビアから抜け出たような美少女が割り込んできた。
 関西弁を口にしても、キリッとした美貌がたるんで見えたりしない。
「」
「えーーっっ!? あの天下の芦下(あしもと)興行の!!」
 一同が騒然となった。
 みんなの目が彼女に向けられる。
 芦下美奈(あしもと・みな)。
 関西に本拠を置き、知らぬ者のない芸能コングロマリット芦下興行。その社長令嬢である。
 美奈は注視されるのは慣れてるといった按配で、自信満面にうなずいてみせる。
 まったく自然な態度で、すこしも嫌味に見えたりしない。


「あ〜あ。楽しみが冗談を言い合うことしかないなんて」
 みんな、口々に不平をもらすのだが。
 寄席也はわりと平気だった。
 楽しみが冗談を言うことしかない。
 思えば、自分の家の中がそうだったっけ。
 ゲームも、オモチャも、漫画さえ買ってもらえなかった。
 家のお金はすべて、寄席也の特訓のためつぎ込まれたのだ。


 第一回霊笑館王者決定戦。

 みんな、それぞれに持ち芸を披露する。
 落語、漫才、漫談、パントマイム……。
 さすが全国からの選りすぐり。プロ級の才能ばっかりだ。


「ぼく、愛情キッド。カワイイだろ? めいっぱい愛を受けて育った健康優良児。嫌われ者を倒し、愛と希望の未来をもったらするのが使命さ。あ、異常児! さっそく、変な奴ハッケン!
放ってはおけない。のさばらせたら、世界が暗くなる。うわ、どんどん暗くなっていく。どんどんどんどん……異常をほっとけば、この世は真っ暗闇のどんどん底!
そこで……愛情パ〜ンチ!
変な奴は死んだ。
親からも誰からも愛されなかった哀れな奴。末期にこの愛情キッドがくらわせた拳の味、せめてもの手向けと思え。
おお。世界が明るさを戻してゆく! なんという晴れ晴れしさ。これからも愛情キッドは、世の闇と闘い続けるのだ」
 理不尽な内容ながら、愛情事(まな・せいじ)の愛嬌たっぷりな持ち味のおかげで大受けだった。
 他の芸人にやらせたら、もっと嫌味な味となって失敗するに違いない。


 ギャグには耐性が出来ていて、滅多なことでは笑わない寄席也でさえ感服させられる。
 これだけお笑いの猛者を集めたのなら、悪魔も腹をかかえて退散するに違いない。

 しかし。そんなのはあまい認識だと思い知らせてくれる存在があった。
 高徳仁斎だ。
 総代にふさわしい特等席で教え子らの芸を観覧しているのだが。
 まったく笑わない。
 誰がどんなネタを出しても、頬をゆるめることすらしなかった。
 あれが悪魔だとすれば追い払うのは絶望だ。

 寄席也の番が来た。
 みんなの前に出る。
 これまで一般人を相手に笑いをとってきた寄席也であるが。
 勝手がまるで違う。
 芸を披露するのは、ありふれた可笑しさでも大受けな反応してくれる並みの人々ではない。
 かぎりなくプロに近い、その道の練達ばかりなのだ。
 だが寄席也はひるまず、聴衆に語りかけた。

「みんな、知ってる? 大病院で助からなかった患者が最後に残す言葉でいちばん多いのって?」
「死にたかねえよ」「あとは頼んだぞ」「おまえは生き抜け」「最後の願いだ、きいてくれ」
「どれも違います。いいですか、病院で死ぬんですよ」
「ああ神様、とか?」「もう苦しまずに済む、とか?」「皆さん、お世話になりました、とか?」
「ぜ〜んぶ、違う♪」
 寄席也は神妙に黙祷するかのように目をつむり、深呼吸すると……。
 誰もがギクリとするほどの大声で、正解を叫んだ。
「このヤブ医者め!」

 割れるような爆笑を引き起こすだろう。
 そんな思惑と違い、みんなが示した反応は不可解な沈黙だ。
 誰も、誰も笑わない。
 寄席也はしまったと思った。
 聴いているのは十代の少年少女ばかり。
 若すぎる。誰もまだ人生の終わりや死ぬほどの痛苦を知らず、オチの可笑しみが実感できないのだ。
 しかし。
 次の瞬間、静まり返った館内を老人の乾いた高笑いが轟きわたった。
 ジンサイが、ジンサイが大笑いしている。
 誰がどんなギャグを聞かせてもけっして笑わなかった、あのジンサイが。


 ジンサイは彼にしてはめずらしく、ニヤついた顔で寄席也のそばに寄ってきた。
「貴公……その笑話をどこから仕入れた?」
「いま、とっさに思い付いたけど」
「なぬ?」
 ジンサイは腹を探るように、こっちの顔を覗き込んできた。
「貴公のような小童(こわっぱ)がかくも世の中を見通したことを云うかの? 誰かのネタを盗んだのではあるまいな?」
「信じてくれないの?」
「おなじほど強烈なギャグをもう指五本ほども即妙で出来れば信じてやってもよいがの」
「そんなことより……」

「ぼくのギャグをみんなは誰も笑わずに、先生だけが笑ってくれた。憂うべきか悦ぶべきか」
「万人に受けるべき芸人としては失格じゃな。わははは」
「どうして、小童(こわっぱ)の口にしたことが同年代からはスルーされ、先生にだけ受けたんでしょう?」
「じゃから、ほんとにおぬしの作かと聞いとろう」


「思うに、おたがいに笑いの感性が尖りすぎてるかもしれません。8荒削りというか、)ヘタに手を加えて和らいだ味に仕立てるのでない、あるがままの素材。つまり、ぼくも先生も、むき身の……」
「むき身の……刀同士と申すか?」
「栗です。むき身の栗。そのまま食べたらお腹を下すけど、煮たり焼いたりすればお腹は……くだらない!」
 こんな駄洒落でも、生徒らには臨終のジョークよりまだ受けが良かった。
 ジンサイは呆れ顔をしたが、予想できる反応だった。実際、父が生きていてこんなダジャレを聞かされたら、寄席也を頭突き殺すに違いない。
「まったく、くだらんオチで締めよったの。先ほどは天才的なギャグを言いおったから、少しは期待したんじゃが。それが貴公の真のギャグ才というわけか」
「似ても焼いても食えないネタさえ言えない人よりマシなのでは?」

 憤慨したジイサンが、いやジンサイが行ってしまったあと。
 みんなは口々に囁きあった。
「あの総代をものすごく笑わせたと思ったら、今度はカンカンに怒らせて……とんでもない奴だな」


 寄席也の中でジンサイへの評価は低かった。
 無精で偏屈なうえ、貫禄がまるでない。
 だいたい、この老いぼれ 疲れ果てた高齢者、霊笑師を鍛える施設の総代を自認しながら自分では面白いことの一つも言えないのだ。
 死んだ父もお笑いの適性こそなかったが、それでも連日、息子に面白いギャグを言わせようと必死で努力した。
 しかるに、ここの総代ときたら……。
 あげくの果て、盗作者呼ばわりする。
 子供時代の楽しみがお笑いのネタ探しだけというほど特訓の連続、千辛万苦の果てに誰をもうならせるギャグを即妙で出せるようになった、この大前寄席也をだ。
 よりにもよって!
 なんで、こんな奴が総代?
 思ってたような人とまるで違う。

 ジンサイには違う態度で接する者もいた。
 愛情児(まな・じょうじ)がそうだ。
 この老いぼれを称え、教組扱いしたうえ、お世辞たらたらで取り入って歴史に残る偉人のようにおだて上げる。
 まったくのおべんちゃらながら、持ち上げられる当のジンサイもまんざらでもない気分でいるのがうかがえた。
 かくして総代たるジイさんから気に入られた者は、学内での評価もどんどん高まっていく。
 父さんも母さんもお笑いの技を仕込むばかりで、こういう処世のやり方はまるで教えてくれなかったな。
 口惜しいが、寄席也には手も足も出ないことだ。



「第一回霊笑館王者(組長)決定戦の審査結果を発表します」

「どうせ寄席也が勝ち抜きなんだろ?」
「いいえ、選ばれたのは大前寄席也くんではありません」
「え? あんなに総代を大笑いさせたのに」
「たしかに大前くんは総代を笑わせましたが、生徒は誰も笑えませんでした。ギャグ自体がレアというか面白味のわかる人がかぎられたものなので」
 司会者の言葉を皮切りに、堰を切ったように非難の刃を浴びせる生徒らがいた。
「ほんとだよ」「だいたい、病院で死ぬ人をネタにするなんて不謹慎じゃない?」「あたしんち開業医だけど、病院勤めの人が聞いたらカンカンになるよ」
 いずれも日頃から寄席也を敵視する面々だ。ヘイトスクラムを組み、なんとしても貶めようと躍起だ。
 根底にあるのは、飛び抜けたギャグ才を発揮する寄席也への嫉妬ばかりではない。
 何かわからぬが彼(の存在)には根源的な恐怖をもよおすもの(ところ)があるのを、一部の者は敏感に感じ取っていた(からだ)。
 ざわめく連中を鎮まるよう制すると、まるでアンチ寄席也派こそ聴衆の代表であるかのような受け取り方でスピーチを続ける司会者。
「ごもっともです、皆さん。まったくもって、ごもっとも。かたや、愛(まな)くんのギャグ。明るくてやさしくて可愛くて、人の心が通った好ましい笑いになっていました。ギャグというものは大勢に受けなければ意味がありません。したがって……みんなを笑わせて楽しい気分にしてくれた愛情児(まな・じょうじ)くんの勝ち〜〜っ!」
 盛大な拍手が湧き起こる中。
「待〜て、待て、待て」
 ジンサイが介入してきた。
「おぬしら、なんもわかっておらん。
よいか。仲間うちで馴れあった笑いに湧いていて何とする? みんなを明るい気持ちにする好ましい笑いじゃと? そんな倫理コードはいらん。NHKかどこかの回し者か? おぬしらが笑わせる相手は悪魔なんじゃぞ。悪魔に歯が立つギャグでなければ意味がなかろう」

「でも、みんなの投票が……」
「投票で悪魔が笑ってくれるかの?」
 司会者はジンサイに囁いた。
「いいんですか? 優勝は愛(まな)くんですよ」
 司会者も愛情児(まな・じょうじ)がジンサイのお気に入りなのは知っていた。
「残念だが、ギャグ才が未熟なまま組長となって悪魔に立ち向かい、喰われてしまっては何もならんでな」
「それじゃ……組長の座は……」
「今回は誰のものでもない。保留にしておけ」
 ジンサイは寄席也がすべての者から好かれるわけではないという司会者の意だけは汲み取ったようだ。



 愛情児(まな・せいじ)から「組まないか?」と持ちかけられた寄席也。
 寄席也の持ち味が愛(まな)の扮した愛情キッドに倒される悪役ニックラマンに打ってつけというのだ。
 とんでもない申し出とは思ったが。
「それは……」
「ひるむのはわかるよ、うん。でもさ、憎まれ役といっても、あくまで役の上だけ。実際は、人気者になれるんだ」
 愛情児(まな・せいじ)はまるで屈託がない。
「ジェリー・ルイスって知ってる? 男前のディーン・マーティンとコンビ組んだ映画で、マーティンと対照的に情けない男ばかり演じて大評判を取ったコメディアン。きみもそうやって自分の本領を生かせばいい」
(「憎まれ役が……ぼくの本領?」)



 「高徳の笑霊」が祀られた場所に足を踏み入れる寄席也たち。

「なんや。墓場か、ここ?」
「墓石じゃないよ、石碑だよ」

「高徳の笑霊やて? やはははは!!」
「なんぞ書いてあると思えば」
「しょうもないネタばかりやな」
「ほんま、くだんねーのばっか」


『オリゴ糖を、どうもおりごとう』
『土人が尻もちついた。ドジ〜〜ン!』
『画学生が、屁えこいた。ガガ……くせえ!』
『バッカリヤ人の言うことは嘘ばっかりや』
『「こら、童女。案内せよ」「どうじょ」』
『日本人が海に身投げした(日本海に身投げした)。ジャッパ〜〜ン!』
………………。

なに、これ〜〜っ!? ぎゃははははは!!

「あなたたち、嘲ってるけど。悪魔の前に出てもそんな風に笑わせる自信がおあり? もちろんあなたたちが笑うのでなく、悪魔のほうを笑わせる自信が」
 いつのまにか、笑師長がみんなの背後に立っていた。

「どれも以前の霊能笑戦で、霊笑師たちが悪魔を笑わせようと言い放った、まさに命懸けのギャグばかりです」
「それで、退散させたわけ?」
「みんな……みんな死にました」
 霊師長の深く、重く、長い吐息。
「悪魔は面白くないギャグを聞かされると、言った人を殺します。残虐なやり方で」

「彼らは世を救うため悪魔の怒りを鎮めるべく身を落として立ち向かった高徳の笑霊。死に臨んでのまさに末期の言葉をこうして石碑に彫りつけてあるのです」

「彼らを嘲るなどもってのほか。あなたたちも油断をすると、最後に言ったジョークがこのように彫りつけられることになると肝に銘じなければ」

「お言葉ですが。ぼくらは選り抜きです。この国のギャグの昇華です。笑わせる才能にすこしは自信を持ってもよいのではないでしょうか?」
「誰が選り抜いたと思いますか」
「文化省長官以下わが国の芸能分野を取り仕切る(選考委員会)選考者たち(委員会のメンバー)。まさしく国中からの選り抜きによって選り抜かれました」
「すこしく違うのです。その人たちは日本のギャグ界を仕切りはしても、けっして日本を代表するギャグ才の持ち主ではありません」
「誰が選んだとしても、ぼくらが選ばれていたに違いありません」
 まったく。愛情児(まな・せいじ)の自信過剰ぶりには辟易する思いがする。笑師長もおなじ思いに違いないと寄席也は察した(が)。
 果たして、             。
「そこまで自信がおありなら、         てみては?」



「政治屋を愉快にするための笑いではないぞ。そんな民を我慢させてよしとするオチを悪魔が面白がると思うか?」



「総代。ぼくたちは青春を犠牲にして世のため人のため、この絶海の孤島の密林でお笑い芸の鍛錬に励んでいます。ぼくたちには知る権利があるはずです。悪魔の正体について、そろそろ教えてくださっても……」
「そいつは、落語のはじめにオチを言ってしまうもおなじ。まだまだ明かすわけにいかん」
「総代!!」
「待つがよい。わしを急かさんでも、時が満ちれば悪魔は自分からやって来る」
「せめて、いつ来るのかわかりませんか?」
「間もなく。間もなくじゃ。(間もなく、生まれよう。)」
「総代にはわかるんですか」
「わかる。今こうする間にも、悪魔はすくすくと育っておる」
「育っている?」
「さよう。やがて、産み落とされるじゃろう」
「まるで、ひまわりかサツマイモだ」
「そうじゃのう。ふふふふ……」
「ぼくらが備える時間はもう残り少ないわけですか」
「(さようじゃ。)(そして、)(しかも、)いよいよ悪魔が現われしときは未熟なギャグ才の者にとって世の終わりが来たと観念せい。芸で悪魔を笑わすことかなわねば、確実にその者の命は奪われる」

「貴公らのうち。半数生き残れば良いほうじゃ。あとの者もほとんどは心と体に痛手を負い、二度と人を笑わすことできなくなろう」
「悪魔って、そんなに冗談が通じない奴なんすか?」
「逆じゃ。悪魔に通じる冗談を言える者こそ少ない。ここに揃っておるのは国中からの選りすぐりのはずじゃが、それでなお悪魔を笑わすのは至難(の技)」


「まあ、楽しみにして震えておれ」



「悪魔が来るまで待たずに、こっちから殴りこむってどうだろう? みんなで寝込みを襲ってギャグパンチを連打すれば、さしもの悪魔も笑い転げて悶死するんじゃないのかな」
「それ、いい!」
「だけど、悪魔の塒(ねぐら)なんてどうやって突き止めるの?」
「そもそも、悪魔って寝るものなの?」




笑師長(「お師匠様。       ですか?」)
「今回は苦戦じゃろう。見習いどもの質があきらかに落ちとる。選り抜きのはずが凡庸なのばかりじゃ。ネタの出来も笑わせる気概も秀でたところがない。まったく。あの男が文科省の長になって選考の基準が変わってからというもの、ロクな人材を送ってよこさん」
「候補生の中には、あの二十年に一度の子もおりますが」
「残念じゃが、あれはまだ小童(こわっぱ)。二十歳になるまでみっちり仕込んで大成させようと思うとったが。悪魔は待ってはくれなんだ。来るのが何年も早まりおった」
「わかりますか?」
「わからんでどうする。なんのための高徳仁斎と思うとるか? しかも今回……魔力がおそろしく強まっとる。姿を現わせば、これまで数回分を上回る(ほどの)パワーで(に)圧倒されるじゃろう。うかうかすれば、この国ばかりか世界中ひっくり返る」
(「そんなに……」)
「わしは(これまでの)人生で三度(みたび)もの霊能笑戦を見てきたが(体験したが)……」
「四度では?」
「あの件も数に入れればな。 今度という今度は……われらが負けるやもしれん」



「みんなから愛されているこのぼくを……」
 寄席也に出し抜かれたときの愛情児(まな・せいじ)の決まり文句。

 愛情児(まな・せいじ)
 自惚れが強く、

無理もないが、誰もが自分に好意を抱いてくれる成り行きに慣れすぎていて、たまに違った反応を示す相手がいると、不思議がるだけでなく理由を突き詰めずにいられなかった。
嫌われる理由が自分にあるとは思えなかったので、導きだされる結論は決まっていたが。
「こいつは嫌われ者なんだ。だから、人気者のぼくを妬むのさ」

 実習で寄席也に組長の座を奪われてからというもの、目の仇として見るようになり、取り巻きも動かし、ことあるごと寄席也の妨害をはかるのだった。
「よくも……みんなから愛されているこのぼくを差し置いて……」



「『笑話宝典』やて?」


笑話宝典……過去の霊能笑戦で悪魔を笑わせたギャグをすべて収載した極秘の聖典というか奇書というか。
霊笑館の中で門外不出の重要機密として扱われていた。
「ケチやな。はじめっからその『笑話宝典』のネタ使わせてくれれば俺ら、誰も死なずに済むやんか」
 こう思うのは当然だろう。
 しかし。

「そうなら世話はありません。けれども悪魔には一度笑わせたギャグはもう通じなくなります。耐性が出来てしまうからです」
 すげえや、さすが悪魔だ。
 寄席也は感嘆した。
「てことは……」
「前回とおなじギャグを使ったら、殺されてしまいます」

「ですからわたしたちは、悪魔が来るたびに新しいネタを開発しなければ。悪魔は戦いを重ねるごとに(年ごとに)強さを増していく道理なのですから」



「後続になるほど不利やんけ〜〜」ネタが出尽くしとるんちゃうか?



これを盗み出し、霊能笑戦を無難に生き残ったうえ、宝典に盛られたギャグを連発して笑いを取り、芸能デビューを果たそうとする奴らがいた。
が。
バレそうになった彼らは卑劣にも、寄席也に濡れ衣を着せるのだった。



 隠されていた『笑話宝典』のギャグを持ちだして悪魔を退散させようとする連中がいたが。
 彼らは致命的な勘違いをしていた。
 悪魔には一度聞かされたギャグには耐性が出来、次におなじネタを使っても笑ってくれなくなるのだ。
 『笑話宝典』はここに収載されたものとおなじギャグを使えば死ぬという戒めのためにこそあるといってよい。



 彼らの疑いを裏付けたことがある。
 『笑話宝典』が収載するギャグのひとつと寄席也が即妙で口にしたものとがそっくりだったからだ。
「そういえば。前に聞いたことがあったような……」(以前、(たしかに)聞いたことのある)
 めずらしくも、寄席也本人がオリジナリティーに自信をもてない出来のジョークだったのだ。

「それ見れ。誰でも知ってるネタなんぞ」
 愛情児の一派は、鬼の首でも取ったように詰め寄った。
「ちがう。特定の人からぼくにだけ聞かされた覚えが。いつ、どこでかは思いだせない」
「記憶にございません、てか?(笑)」



 笑話宝典が盗み出されるとは前例のない不祥事ということで、かねてより仁斎とは折り合いの悪い文化省長官によって霊笑館は閉鎖される運びとなった。


「悪魔は誰が止めるんすか?」
「日本には自衛隊があります」
「ゴジラですら撃退できないのに、どうやって悪魔を?」


「あたし、みんなが寄席也に謝るべきだと思う」


 その「みんな」がやってきた。
 一様に神妙な態度で、寄席也を取り囲むように居並んだ。
「大前」
 意を決した顔で歩み寄ると、寄席也の前に土下座して頭(こうべ)をたれる重松(角松と円松)(丸松)平竹。(円)(梅丸)(角松と平竹に梅丸)
「この通りだ。頼む! 罪を……罪を悔いて、みんなを……みんなを助けると思って、どうか……どうか、自決してほしい!」
 あんまりな言い草に、寄席也は頭がクラクラする思いがした。
(「土下座して頼むことじゃないだろ」)


「おまえが責任を取って自決すれば、すべてまるく収まるんだ。文化省長官も考え直してくれ、霊笑館は閉鎖されずに済む。かくして俺たちは一丸となって(やがて来る)悪魔を退け、国を救った英雄となり霊笑館の歴史に名を刻まれる。いいことだらけだろ」

「総代には俺たちがうまく言っとくから心配いらん。おまえは何も考えず、ただ死んでくれればいい」
「死ねるかよ」(、アホくさ)

(アホくさ〜? ) 「こんなに頼んでもか? ええか、俺だけの、おまえだけのお一人様な意見とちゃう。みんなの総意なんやで」
「それって、おまえらだけの総意だよな」
 なにが、「みんな」の「総意」だ。ボケが。
 新世紀日本の国民性だろうか。我意を通したい者にかぎって、この「みんなの――」を持ってくる。そうやって反対者を自己本位と決め付け、      ようとする。(そうして)架空の多数派に後押しさせないと自分の欲をさらすこともできないのか。ヘタレども。

 重松は露骨に態度を変えた。
「云うても無駄や。無駄、無駄! 公のため個を犠牲にする覚悟のない奴なんじゃ。こいつ、根っからの自分主義」
「それで日米戦に勝てたのかよ?」
「負けたんは、おまーみたいのがおっちゃからやん」
 いや。(民に国への服従を強いる)「滅私奉公」の旧日本が(個々の権利を尊ぶ)(個人主義の)アメリカ合衆国に勝てなかったのは忽せない史的事実であり、ネットや漫画でしか戦史を知らない若輩に今さら付け入る余地はないのだが。言っても始まるまい。
 まこと、知らぬは無敵。

 殺気をみなぎらせ、寄席也ににじり寄る愛情児の一派。 かくなるうえは……大前、みんなの犠牲になってもらう。おまえにおとしまえつけさせれば、申し開きがかなうんだ。だから……
「大前。罪を悔いて、みんなのために死んでくれ」
「死ぬかよ」
 幸田ジャレが    た。
「あんたたち、やめなさいよ。リンチじゃないの」(。テロとおなじよ)(芸人のやることじゃないでしょ)
「うるへー。色仕掛けで弟子入りして推薦もらったズべが、なに言っちょる」「そや、黙っとれ」
「色仕掛け……ひど〜い。ワカシ師匠、ほんとは男色なのに」
「どうでもいいわい。おまえはええで。師匠が暖色でも寒色でも、とにかくコネがあるけんのう」
わしら、這い上がるに梯子も踏み台もない。自分の才能だけ頼りや。そこへ、いい案配でここに集められたんじゃ。
「霊能笑戦で手柄を立てた者はみんな、芸人として大成しとる。一生に一度の好機、こいつのせいで台なしにされたらたまらへんで」
「だから、ぼくのせいじゃないって言ってるのに」
「おまーのせいじゃ。なにもかにも、おまーがおるからじゃ」

 刃物をかまえて寄席也に迫る一同。
「大前……」
「よせ……やめろ……」

「刃物が怖いか? ほなら、(別に、)(死に方にこだわらんでええ。)首吊りでも、飛び降りでも、より取り見取り(やぞ)。おまえの望む仕方で死んでいいんだ(いいんやで)」

「……だから……」

「みんなのために死んでくれ!!」

 脱兎のごとく。
「あ、逃げた」
 無我夢中で密林の中に走りこむ寄席也。
    も追うのをやめた。
「グルグルの測量隊ですら迷い死ぬ密林だ、生きては逃げきれまい」
「総代が帰ったら、なんて言う?」
「罪を恥じて密林に身を投じたとかなんとか、適当でいい」
どうせ戻ってこれないよ


 盗みの疑いをかけられ、かつ身の危険にさらされた寄席也は霊笑館から逃げ出し、密林の中を彷徨う。
 絶望しかなかった。
 そうするうち。
 道に迷ったらしい身重の女性と行きあい、出産を助けることになる。


 一方。
 ジンサイの命により、「逃亡」した寄席也を連れ戻すため捜索隊が組織された。


 寄席也は出産の迫る妊婦を励まそうと、とびきりのジョークばかり言い続け、救助が来るまで間をもたそうとする。

「あはははは……ああ、可笑しい。あなたがわたしを笑わせると、お腹にいる子がおとなしくなるの。お笑いって、お腹の赤ちゃんにもわかるのかしら?」
「生まれてないんだから、言葉なんか通じないよ」
「でも、この子ったらね、誰かがつまらないこと言うと、とたんにお腹の中で暴れだすのよ」

「前に、男の人と暮らしてた……。その人ったら、変な冗談ばかり聞かせるの。それであたしが笑わないと逆上して、暴力ふるうんだから」
「そりゃ、酷い」
「こんな面白いギャグなぜ笑わない? って、すごい剣幕でビンタくらわすの。つまんないからよって言い返せば、今度は蹴り飛ばすのよ」
「………………」
「あんまりでしょ。とうとう冗談にも暴力にも我慢できなくなり、逃げてきちゃった」
「こんなジャングルの中まで?」
「南に来たかったの。思いっきり南に」

「ちょうど、渡りに船というか。わたしを招く人がいたから。羽田からの飛行機とフェリーの運賃を送ってきて、この島まで来るようにって。こんなところと思わなかったけど。あの男のそばよりはマシ」
 なに?
「呼ばれたって……誰から?」
「なんだか立派な名前の人(だった)」(。立派すぎて忘れちゃった)

「ほんとに不思議。わたしが暴力亭主から逃げたがってて、それも出産間近なのがなぜわかったのかしら?」


 赤ん坊は生まれたが、母親は虚しかった。
 手には幼いわが子への言伝を記したメモ用紙が握られていた。
 産み落とした子への母からの遺言である。
『人間をすべて怨んじゃダメ。あんたを笑わせてくれる人もきっといるから』

 メモを見て、不思議がる寄席也。
「どういうこと?」
 そこへ。
「見つけた!」
 捜索隊の到着だ。
「やだ、二人に増えてる」
「俺の子じゃないよ」

「すぐに帰らないと」
「言っとくけど。ぼくは盗作なんかしてないからね」
「もう、どうでもいいんだよ。総代はとにかく戻れと言ってる」
「どうでもよくないだろ! 人を盗人呼ばわりしたあげく、生贄みたいに吊し上げ……」
「俺だって、おまえが盗んだネタで笑いをとる卑劣な奴じゃないのはわかってる」
「ほんとに、わかってくれてるの?」
「わかるさ、なんとなく……ゴホッ」
     は咳払いした。
「とにかく、今は非常時だぞ。いよいよだ。いよいよ、悪魔が地上に出てくる。総代が言うには、ギャグは誰のものでも流用し合い、みんなで心をひとつにし悪魔を笑わせねばならん。さもないと世界が滅びてしまうんだ」
「そうよ。ここにぼっちでいて、あんただけで悪魔に対抗できる? みんなで寄り合って笑わせたほうがゼッタイ強いんだから」
 大勢にしょっ引かれるようにして連れ戻されながら、寄席也はひとりでつぶやいていた。
「俺は嫌だ、俺は嫌だ……」



( 続く )




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