「霊能笑戦」3


         

このイメージ画像は、描画メーカー「NovelAI」で制作されました。



「坊主。立派な人に育てよ。それには冗談がわからないとな」「そうそう、冗談のわかる人に悪い人はいない」「じょ〜だね、な〜んちゃって♪」
冗談のわかる者に悪い者はおらんからな」 「じょ〜だね、な〜んちゃって」

 ついに悪魔の子の怒りが発現した。
 泣くと恐ろしいことが起こる。
 笑っているときだけおとなしい。
 だからこそ、手を尽くして笑わせねばならないのだ。
 赤ん坊は凡庸なギャグでは泣きやんでくれなかった。
 うかつに、つまらないネタを口走ろうものなら惨死させられる。
 たとえば、こうだ。
「見てみ。真昼間から、ドラキュラいてはる」「ドラキュラやて? どら、どら?」
  うぎゃ〜〜ん!
 しょうもない駄洒落で笑わそうとした漫才師たちは、たちまち総身の血を吸い取られ、屍と化す。

「きゃー、どしゃ降り! 美女がずぶ濡れで、びじょびじょ!」
  ぐぎゃ〜〜ん!
 カワイイは無敵と自信満々だった女芸人も、体中から噴きだした体液で美麗な衣装を真赤に染め、血みどろの最期を遂げる。
 かくたる具合で。
 どれだけの霊笑師候補生が、悪魔の子をうかつに笑わせようと未熟な芸を披露、その手にかけられたことだろう。



「おまえ……」
 みんな(というか愛情児の一派)は寄席也を取り囲んだ。
「悪魔の子なんか連れてきやがって」
 彼らは寄席也を引き立てて、閉じ込めてしまう。
 悪魔の子を泣きやませるには寄席也のギャグ才が不可欠なこのときに。


「出せ、ここから出せ。あの子を泣きやませるにはぼくの   でなけりゃダメなんだ」
「うるせえ!」
     が吐き捨てるように毒づく。
「自惚れんじゃねえ。てめえのギャグなんかで悪魔にかなうかよ。抱っこされて大人しくしてたのは霊笑館に入るため猫をかぶってただけだろ?」



 鍵のかかったドア越しに、幸多ジャレが        。
「ここから出してくれ!」
 内部でドンドン扉を叩く寄席也。

「(それより、)鍵は? ここを開ける鍵は?」
「    が持ってたの。悪魔の子に立ち向かって、そのまま死んじゃった」
 つまり。   の死体は悪魔の子を寝かせた部屋にある。
 鍵だけ取りには行けない。あの部屋に入ったら、なにか言わねば。
 それは今のところ、百パーセントの死を意味するのだが。

「どんなギャグ? ここで聞かせて。あの子の部屋まで行って笑わせてくる」
「簡単に言うけど。もしあの子が笑わなかったら、おまえ死ぬぞ」
「あの子を絶対に笑わせるギャグなんでしょ? 自信あるんでしょ?」
 それが……自信なくなってきた。果たして、友だちの命を危地にさらすに値する上等な機知だろうか。
 そもそも。幸多ジャレ本人が最有望な霊笑師候補生ではないか。
 この期におよんで自作のネタでなく、なぜ寄席也のギャグに頼る?
 ほっとけば、みんな死ぬ、まさしく日本、いや世界の存亡がかかった瀬戸際で。
「あたし……寄席也の作ったギャグネタ言って死ねれば……本望じゃないけど、後悔はないよ……もちろん万一の場合だけど」
「やめろ。ぼくが後悔する」
 寄席也はしんみりした口調で、      。
「聞くんだ。ぼくは以前、自分のお笑いネタで父さんを殺してしまった」
「……さぞ辛かったでしょうね」
「このうえ自作のギャグでおまえにまで何かあったら……おまえの身に不幸がおきたら……ぼくはもう立ち直れない」
(「」)
     が割り込んでくる。
「おまえら。扉ごしに漫才やってる場合じゃないだろ。仲間がどんどん死んでくときに」


 そうする間にも、犠牲者は増えていく。
 我こそはと意気込んで悪魔の子を前に拙いギャグを披露する者が、次々と惨死させられる。


「おうおう、可哀想に。きみ泣いてるけどさ。世の中には、きみより可哀想な人たくさんいるんだよ。たとえば、タクっていう人。タクさん。このタクさんなんて、  で   で   で、おまけに童貞なんだから。ほんと、可哀想なところばっかり。
タクさん、たくさん可哀想。な〜んちゃって♪」
 ぐぎゃ〜〜ん!


「ブワーリン博士っちゅう、えらい先生がおってな。みんなからごっつい尊敬されとったんや。けどな、このブワーリン先生の体になんと爆弾が仕掛けられた。空飛んでる旅客機の中で。みんな助かるには、先生を機外に放り出さにゃあかん。ほんで、実力行使。「ブワーリン博士、お許しください」。ブワーリン先生、泡吹いてぶったまげた。
ブワーーーーーッ!
 ぶぎゃ〜〜ん!



 無駄だ。
 愛情児(まな・じょーじ)の一派の「お笑い」ってのは小さな集団の中で完結したジョーク、いわば仲間同士で合言葉を言い合うようなもの。
 まったくの「仲間オチ」に堕してしまってる。
 そんな馴れあいギャグじゃせいぜい、あいつらと同類の人間が笑うだけ。
 悪魔の子に効くはずないんだ。
 悪魔の子を笑わせるギャグをひねり出すにはどうしたらいいんだ?
 ほんとうに……どうしたら?
 寄席也は義務教育しか受けなかった頭で必死に考える。

 あの赤ん坊、いまは悪魔の子として発現してるけど。
 寄席也に抱かれているときは静かに眠ってた。
 どうして目が覚めたら、あんなに激変したんだろう?
 待てよ。
 あの赤ん坊は寄席也が母親を笑わせるとおとなしくなった。
 でも、寄席也のギャグで笑ったんじゃない。
 生まれもしないうちから笑い話の面白さがわかるわけない。
 どういうこと?
 きっと……母親がなごみ、くつろいだから安堵したんだ。
 なぜなら……母親のお腹は胎児にとって全世界。
 ってことは……つまり……。
 つまり………………。
 うわ〜〜っ、どうしよう?
 寄席也はもう、どうしたらいいかわからなくなった。





 功績(手柄)を認められ正式に霊笑師の免状を授かった者でも、次に悪魔の子が生まれる時にはもう来たがらないという。
 多数の霊笑師見習いを指揮して戦える(せっかくの)資格を生かさずに。
 そりゃそうだ。

 霊能笑戦を生き延びた者が二度とギャグを言えなくなるのもわかる気がした。
 自信を失うのだ。
 自分のジョー才(冗才)では乳児も笑わせられない。
 ちょっと受けるダジャレを連発しギャグの名手と自惚れていた者にとって、分際を思い知らされる致命打であろう。





「ぼくを笑いの達人になるよう厳しく育てたのは、このためだったのか」
 寄席也は今になって父と母の愛を感じ、身が戦慄(わなな)いた。



( 続く )




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