「顔にタヌキと書いてある」7
――アイドルは狸の化身――


                     

このイメージ画像は描画ジェネレーター「NovelAI」で制作されました。



 その少女は別世界から来た存在のように異種的な魅力を発散させていた。
 実際、事務所側でも彼女の血筋を、白系ロシアを先祖にもつ欧亜混血の家系と説明している。容姿について差別表現になるのを恐れず言うなら、コーカソイドの血を黒髪の日本少女という器に、もうちょっとで日本人には見えなくなるというぎりぎりまで注いで調和させたような造形だった。
 だから瞳は淡い緑、髪もいくぶん栗色がかった感じになったものの、見かけはなお色白の国産美少女として通用させられる。そうでなければ日本人の目に親しみを失わせただろう。顔立ちの彫りは深く、身のこなしもキビキビしていたが。

 今のご時勢、混血美少女ならいくらだって探し出せる。
 バランスのとれた体躯に血色よい薔薇色の肌。説得力ある感情表現や存在感をもった立ち居振る舞いはもちろん、英語の歌詞をみごとな抑揚で歌いあげる響きの良い声でさえ他にいくらでも代替のきく個性は見つけられただろう。
 しかしながら。
 派手な振り付けとともにパンチの効いた表現力で押し出してくるアクションや表情よりも、なにげない、ほんのちょっとした仕草こそが人々を魅入らせたのだ。
 結局のところ堀井マヤの場合、今の日本という国で受ける要素ばかりで全存在を構成され、その完成度において比類がない。
 彼女のありようはこの国の人々が求める理想の少女像を完璧に体現したもの。
 だからこそのアイドル、まさに国民的偶像なのだ。
 ほんとうに、みんながそう言っている。
 メディア総出で大絶賛。
 まるで日本中が化かされたのではと思えるほどだった。

 魅力をさらに後押しするのが、谷優の音楽。
 「世界のタニ」の手がけたものとあれば、一度聴けば好きになる名旋律にほかならず、歌詞もまた覚えやすい使ってみたくなる言葉であふれていた。
 堀井マヤは芸能界の重鎮となりつつある谷優(たに・まさる)のまさしく秘蔵っ子だ。
 作曲家にして作詞もこなし、なによりタレント養成所の塾頭たる彼から一目惚れを受け、オーディションでの数次の審査をすっ飛ばして抜擢された異才。

 それにしても。
 かくも大衆と一体化した国民的アイドルのプロフィール、経歴も交友も私生活もすべてが謎に包まれたままであるとは。
 むろん芸能会社が所属のアーチストについて真実を詳らかにしないのはいつものことだが。
 事務所側の公表するアイドルの素性ほどアテにならないものはないと言ってよく、いまどき虚心に受け入れる者などいるとも思えない(そうした情報を本物だと信じなければ安らかではない熱狂的なファン層は別として)。

 谷プロが堀井マヤのプライバシーに触れられるのを極端に嫌うのはあきらかだった。
 なにしろ、ガードの厳重ぶりは徹底したものだ。
 マヤの周囲は警護陣によってがっちりと塞がれている。
 握手会やサイン会にけっして出さない。
 ファンを彼女に近づけようともしない。
 少女歌手を独占したがる変質者による刃傷沙汰が頻発するご時勢ながら、そうしたアイドル・テロへの予防措置としては大げさすぎる。
 たったひとりの新人タレントの私生活を、かくも念の入った昼夜の別なき厳戒態勢で人々の前から包み隠すとは。
 誰もが事情を知りたがったが、谷プロモーションの代表取締役は何を問われても黙して語らなかった。

 関係者の多くは隠しおおさねばならぬ秘密があるかのようなその対応をいぶかしみ、マヤのことをどうせ谷とはきわめてパーソナルな間柄にあるに違いないと邪推した。
 愛人ではない、渡米時代の隠し子だと言い切る者さえいた。
 業界ずれした人々のそんな詮索をよそに。
 当の谷は言い訳などしない、何をどう疑われてもかまわないといった態度だ。
 芸能人としてははなはだ異例である。



この挿絵は描画メーカー「NovelAI」で制作されました。
大まかなイメージの視覚化で、
必ずしも作者の思い描くとおりのものではありません。



 さて。
 デビュー前夜。
 いよいよマヤを人間の少女歌手としてお披露目させようと決めたとき、谷はマヤに決意のほどを確かめてみたのだが。
 当の本人から示される気乗り薄な態度を、大いに怪しむことになる。
 そもそもオーディションに出たのはスターになるためではなかったか。
「重ねて訊くが。芸能人にはなりたくないの?」
「はい」
 愕然とするほどの素っ気ない返答だ。
「ただ谷さんのそばにいたいだけ。オーディションに応募したのも谷さんと知り合うきっかけが欲しかったから。わたしの望みははじめから、谷さんに弟子入りすることでした。お弟子さんになって、谷さんからオカルトマスターとしての技を伝授してもらえれば大満足。もう何も望みません」
「こっちの望みも聞き入れてくれ。おまえをアイドルに仕立てたくてたまらない。人類80億の中にさえ滅多といない逸材なんだから」
「でもアイドルって……有名になるんでしょ? 有名になったら、キツネたちが……」
「大丈夫、タヌキの姿で有名になるわけじゃない」
 女の子。あくまで人の世界の少女アイドルだ。キツネの領分なんか圧迫するもんか。
「わたしの正体がタヌキというのは隠したまま?」
「もちろんさ。だいたい明かしたところで、誰が信じる? 今の世の中、リアリズムが神。本当なのか疑われることを言ったとたんに罰が当たる」
「まあ。それがオカルトマスターたる谷優(たに・まさる)さまのお言葉?」
「オカルトは科学だ。嘘とは思われない」
 そうさ。巷の認識では、超常現象は実在する。心霊も、呪いも、古代の予言も、宇宙人も……すべて超自然科学だから。
 ところが、だ。タヌキが化けるなんてあり得ない、絶対に。そんなのは迷信にすぎず、絵本の中の話でしかない。
 世間の常識こそ最大の護符。
 マヤさえ秘密を守り通すなら、正体がバレる気遣いはまるで無用だ。





( 続く )




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